2006年07月01日

「hero」になれた日(嬉)

「hero」になれた日(嬉) 私は過去に船釣りで楽しかったという記憶がない。全て苦痛が伴う地獄のフィッシングロードだったのだ。また、釣果に恵まれたこともない。今まで釣れた魚は小さなコダイとベラだ。「理由は極度の船酔いだ」だから、全ての船釣りの誘いは、ことごとくお断りしてきたのだ。 しかし、この度、行きがかり上、断ることが出来ず部下と釣行する事となった。また、カワハギの美味しさは十分に知っているし、つい先日、女性も簡単に釣れると聞いたから、釣り心に火がついた。それでも、不安が付き纏う。15年ぶりに船釣りに挑戦するのだ。いつものことながら、釣行の何日も前から、嵐がきて中止になればとか、他に何か理由を考えて釣行しなくてもよい手立ては無いものかと思案するも、既に「娘のお見合い、親戚の○○おばさん黄泉の国、」等など、使っているし、もう断りの切り札がないのだ。そうこう考えているうちにとうとう、その日がやってきました。別府から、べっぷ丸で佐賀関沖にカワハギ釣りに行ったわけですが、ほとんど睡眠をとるひまも無く乗船しました。 いつものパターンですと船が釣り場に着いて、いざ仕掛けを作ろうとした時、すべてが終わっていたのですが(ゲロゲロ)今日は違っていました。 {_} 元気もりもり横を向いても下を見ても、後ろから前からどうぞ???昔だれか歌っていたな・・・こんな調子で釣りも、釣ったり「カワハギ、カナト、カイワリ、コダイ」等など、15kぐらいあったでしょう。船中トップ「勝手にキング」になりました。 なぜ酔わなかったか?!・・・薬漬け?2:00に錠剤(酔い止め)5:00にアンプル、8時に錠剤、12時にアンプルみなさん真似しだいでね、その後、車中も元気モリモリ一体これはなんだ。「バ○○○ラ」を間違えて飲んだ?その後の体調もいたって健康です。船釣りっておもしろいね、 女性も手軽に釣れますよ。

 
聞くところによると、関東からヒコーキで遠征されるお客様もいらっしゃるとか、関東では古くからメジャーな釣りとして盛んですが、大型がこれほど数釣れる場所は他県にはないと思います。また、乗船したべっぷ丸ですが、船頭さんの気配りも☆☆☆☆☆やっちゃうぞ!!早くカワハギシーズンが来ないかな…待ち遠しい!シーズンは10月~12月 本年1月に釣行しましたが「ウマヅラ」が主体に釣れました。

2006年12月27日

遂に団塊釣りおやじの爆発レシピ!

そわそわ、せこせこと、何かと忙しい師走

年末から正月は出張で忙しいのなんのって、初売り爆裂!
それから今年は、新年会、脳涼会(脳を涼める会)も、行なわずそして忘年会も諦めていたが、なぜか急に部下を自宅に呼んで産直美味しいもの食べ放題祭り開催することになった。

出たぁ~!
関のタコ飯
…関門海峡で育った新鮮なタコを惜しげもなく使った一押しの一品!★★★

これはどうだー!
関のタコ刺し
…シコシコ歯ごたえがあって甘味もある★★★

女の子の為に、この一品は、どうだー!
関ダコのカルパッチョ
…アンチョビがキク~!★★★

4品目参ったかー!
宮崎地鶏とつくね鍋…地鶏のぷりぷり感がたまんねー!★★★★

これでもかー!
山陰の超新鮮アンコウとアコウの鍋(5キロのアンコウを捌きました)2キロのアコウ★★★

そろそろ参ったと言ってくれ~!
アンコウの唐揚げ。★★★★

7品目、もう勘弁してくれ~!!!!!
山陰の茹で松場カニ、セコカニ
(てんこ盛り)★★★

これでもか~!
君達何日食べていないの?大分の尺カワハギ肝和え
(33センチ)★★★

まだギブアップしないダニ、エエィ!おまけや「ノロつけて」
宮崎豚ホルモン新鮮キャベツをコトコト煮こんだお勧めの一品
★★★★

これでトドメや!エッ!なんやて?まだ胃袋に入るって、これがほんまの「穀潰し」君達解雇です。
山陰の茹で泥エビ
★★★

でも、おいらも良く我慢したね、この調子で2007年も超しつこく幸せの青い魚を釣りに行くぞ!
宮崎牛の霜降りサーロインステーキ
★★★★★

おぉぉぉぉ~!みんな「トドになっている」最後の締めはウッシッシ


ウシとシシ?

2006年12月25日

タコ部屋のタコ中毒患者末期症状「いゃ~んタコ」

夏ダコ、秋ダコ、冬ダコ三昧『2006年団塊タコおやじ最終章』
タコタコタコタコタコ! 天気晴朗なれど、海峡波低し!我、奇襲攻撃に撃沈!

 

 

 

 

みなさまこんにちは、団塊釣おやじも、後半はタコ部屋から出られなくなって、タコ三昧となりましたが、店舗スタッフに違う視点でホローをして頂きました。今年の釣日記はこれが最後ですが、2007年度もよろしくお願いいたします。

年末は正月用の地ダコが高騰するので密かに冷凍庫にタコを50杯ほど保存していたが、先々週、良く頑張ってくれる30名近いパートさんに1杯(500g~1キロ前後)づつプレゼントしたから、補充が必要なわけで、早速24日に関に繰り出すこととなった。(仕方なく弟を連れて)

クリスマスにタコ釣り(^^;)超さびしいわけよ…だって×1 彼女いない歴4ヶ月家には足の太い娘が一杯…関門のタコに似ている(足が太く短い)おまけに先日、洗濯機でタコを回したので親子でタコ臭(怒りが沸騰点)

それでも懲りずに、いつもの旧門司港の岸壁に兄弟寂しく「これが岸壁のヒョンデ」

この日の為に密かにタコテンヤの改良(新兵器)、今世紀最大の傑作『ノアのタコ舟』正式名称(関のタコ舟)関のタコ撃破に向けて5個準備をしたのだ。今日の目標は20杯!既に前回実証済み、7杯釣り上げ、次の投入で根掛かりして関の海に撃沈!海峡の藻屑と消えたのである。
 

で、いつものようにアラカブ釣って、海峡の潮流が3ノットになれば『チャンス』弟には負けたくない!多分弟も、タコだけは、兄貴にいつも釣負けているから、虎視眈々と、おいらを負かすことに燃えていることは間違いない。しかし、常に新製品の開拓に余念のないおいらが負けるはずがない。
もし、負けたら頭に活ダコ乗せて「♪タコ踊りをしたる」
♪知らず知らず通っていた~、長く楽しい~♪この道、振りかえれば遥か遠くタコが見える~♪~いつかはきっと逢える日が(愛しいタコ)来るから、~あぁ~!海峡の流れのように♪…替歌にしてひばりちゃんごめんなさい

栄光丸に栄光あれ!

朝から調子が良い、直ぐに連続25センチ級のアラカブ5匹ゲット!弟は単発形も小さい、そうこうしている内に、海峡の潮流が3ノットに、早速タコ釣開始、テンヤを入れるも、どうも何時と道糸を持つ指の感触が違う、海底のテンヤがイメージ出来ないでいると、弟が掛かったと叫ぶ!何れ追いつくと思いつつ、どうしても何時もの感触が掴めないまま、4杯も差をつけなれた。結局、1時間足らずのタコ潮だったのであっけなく終了!おいらギブアップ!後で考えると、テンヤの鉛の位置を変えたのが致命傷になったことが分った。??タコ踊り…この大ダコは改良テンヤで前回上げたものです。(足1本200~250g)

 

 

 

 

 これでは年を越せないから、チャンスがあれば行きたい。

2006年12月22日

タコを美味しく茹でる

正月用のタコを茹でましょう。

最近は海外からの茹蛸も多く販売されていますが、生ダコの外国産は見たことがありません。そこで市場などで売られている生ダコを調理しましょう。茹でたものを買うより、絶対に美味しく安価ですよ地ダコは?美味しくタコを茹でるには、確かな下処理が絶対条件です。また、活きの良いタコを選ぶにはあまり白ぽくない物を選び、柔らかい中にも張りを感じるもの(ちょっと難しいかな?)

1.胴体の内臓や肝を取り除きます。(肝は塩辛作りに欠かせません)

2.全体に粗塩をたっぷり擦り込み力強く、しごきます。特に吸盤などは丹念に揉んでください。(揉むのは旦那がうまい)

3.揉むことによってタコの「ヌメリ」がどんどん出て来ます。流水で洗い流します。これをヌメリがなくなるまで3~4回行なうと「キュッ」とした状態になります。洗いすぎるぐらいに洗って 塩分を落とすこと、茹であがったとき塩辛かったら台無しです。
素手で作業すると手が荒れることがあるので軍手などを利用しても良いでしょう。『塩の他に米ヌカ、片栗粉』などもヌメリ取りに役立ちます。

4.茹でますが、色付けや、柔らかくする為に色々な工夫があります。

 

 

 

 

 

 

 

 

①.大きな鍋にたっぷりのお湯を沸かします。
②.酢、番茶、醤油、塩、炭酸のどれかをブレンドするのも楽しい (塩は適量入れて下さい)
③.大根や棒で叩くと繊維が切れて柔らかくなりますが、私はしません。

①沸騰したお湯に、足の先から「ちょん、ちょん」とゆっくり 揺すりながら沈めていきます。
②茹でる時間は、500グラム前後で長くて1分ぐらいです。沸騰した鍋にタコを入れると急激に温度が低下しまいが、この時間も入れて1分です。また、タコの大きさによって異なりますが、1キロで2~3分程度です。『レア』が美味しいですよ。もちろん鮮度の良いものだったらのお話です。浅い鍋はタコをひっくり返すなどして満遍なく火が通るようにして下さい。
③.茹であがったタコは 「素早く冷水」で熱を取りキッチンペーパーで水気をとって調理して下さい。食べきれないものはラップに包んで冷凍室に入れると1ヶ月ぐらいは大丈夫と思います。

お父さん、お母さん!!正月用の美味しい茹でタコ出来あがり。

2006年12月18日

タコ部屋の辛く嬉しい出来事ダニ。

みなさ~んこんタコは! 冬の夜明けは、つらいなあぁぁ~

 

 

 

 

 

 

このザルは直径60cm近くあります。タコは1.3キロです。
約束は、何が何でも損得ぬきにして果すのが九州男児!

職場の社員「パート」さんに、ひょんなことから、タコを差上げる約束をしてしまったのだ。2~3杯なら気楽なものだが、35杯のタコを一人で処理して茹で上げるとなると尋常には行かない、早朝5時から気合いを入れてガスコンロ2台を借りてきたが、寒さと強風のため簡易ガスコンロに乗せた大鍋のお湯が沸騰しない…ここで一発目の撃沈

キッチンにあるガスコンロも火力に問題あり、それも大変だがもっと厄介な問題に遭遇するのである。みぞれ交じりの寒風が吹き荒れる中で1杯1杯のタコを塩揉みするのであるが、6杯目をしたところでギブアップ(解凍が完全でないから超冷たぁ~ぃ)腰が~(泣)

これが犬や猫だったら「やめた二ャン!猫はコタツの中」
おいら単調なことは出来ないと「犬は逃げ出すワン」
♪雪~がコンコン、♪アラレがコンコン降っても降って…
犬~は駈出し、猫~はコタツで丸くなる、タコ~は鍋~で丸くなる。
こんなあほな事を考えていても、人間は考える????

文明には洗濯機と言う文明の利器があったのだ。
厚手のビニール袋にタコと塩を入れ、口を紐でしっかり縛って3~4個洗濯機に放りこんで20分「すすぎ」でグルグル回したのだ。
さて、中を見てびっくりだ!手揉みするより「シャキッ」となっているダニ、
タコさんが洗濯機から握手してきたぞ、袋が破れて足が…手やないから「握足」
流水で洗って出来あがり、この行程は楽勝だった。

しかし、コンロの火力が弱く、結局13:00頃までかかりました。

パートのお母さんへ!
市場でタコを見たり、関門橋を渡るときには、団塊のたこおやじがこの橋の下でタコを獲っていたことを思い出してね、
とにかく今日は「バテバテ」ハァ~疲れたダニ。

2006年12月13日

団塊タコおやじの関のタコ釣り

関門海峡に釣行いたしました。今回は、新作のタコテンヤを試す為に釣行しました。決して会社をサボったわけではありませんが…ちまたでは「やっぱりサボっていた」と、思われている団塊タコおやじです。
大きなコンテナ船が通過中です。 2.5キロのタコをゲット!

 

よいしょ!よいしょ!重いぃ~!タコは最大で2.5kありました。
キロ越えを9杯合計14杯のタコをゲット!

みなさん関門海峡の「本航路~九州側」めかり~戸畑沖は共同漁業権が設定され一般の方がタコを捕獲すれば20万円以下の罰金が課せられます。
だから本航路から下関側で釣ります。これが新作のタコテンヤです。『名称は関のタコ舟』

 

このテンヤの特徴は、タコの胴に刺さりやすく針外れが極端に少なくなり、根掛かりも少なくなりました。『優れもの』

タコ釣りだけでなく、アラカブも30匹ゲット(18センチ~27センチ)15センチ以下はリリースしましょう。
タコ3時間、アラカブ釣り2時間の釣行でした。
関門の潮流が3ノット以下になればチャンス!

 

 

 

2006年11月14日

ポイントスタッフ「てらじ」の爆釣日記

ポイント遠賀川店スタッフの「てらじ」です。先日8日に山口県一帯に釣りに行ってきました。当日はヤズ・ヒラゴ狙いでしたが、朝一番で釣れたのはサワラ・・・60UP・・・数本サワラに60~80gのジグ数本とアシストまで切られました。
それから自作のインチク?でカナトフグとエソがヒット!

最近、私はタイラバを岸から投げています。(すごいバイトはありますよ!何かは分かりませんが・・・マダイを期待!)そらから昼前後になりテトラ帯が並ぶポイントへ波が強く手前には大きなサラシ!!「シーバス」がでるかもと思いサラシの一番大きなポイントへ・・・シンキングミノーでサラシの表層から中層、底を攻めてみました。10投ぐらいでゴツン!とひったくるアタリが・・・青物?と思いきや上がってきたのは70cmのシーバス!ベイトをかなり喰っているようで腹パンパンでした

 

 

時間を見ると12時30分ド日中でした!!久しぶりのいいファイトが出来ましたよ!バレないかなと内心ちょっとヒヤヒヤしました。今回の釣行では波が高くサラシも大きな釣場でした。皆様も釣行に行かれる際はライフジャケットは安全の為、着用してくださいね!特に波が高い日は危険も伴いますので・・・それでは皆様楽しい釣りを!
次は船からタイラバで釣ってきます!!

2006年11月13日

タコ部屋の第3回公演

釣れないときもある…
Pひばり…雨に降られて 波立つ日でも、いつかは また~釣れる日がくるから~! あ~ぁ~潮の流れのように…

昨日からの低気圧の影響で外海「波高」3mだった為、関門海峡には大小多くの遊漁船が集結していた。
多少しけた後と言うこともあってタコ釣りは苦戦しました。私が4杯 他に1杯 とにかく乗りの悪い日でした。
時間的にタコ釣りは1時間程度 後はカサゴ釣りです。15センチ~25センチが4人で50匹ぐらいは釣れました。

その一言が命取り

海峡のタコは、噂では足が太く、短く、「立って歩く」と、言われています。そのことを娘の前で「足が短く太いと…」言ったばっかりに、すっかりすねてしまいました。
娘が転寝をしているときに 「しっかり見ました」確かに太い、脂肪のない私の足の4倍はあるようです。
タコの場合は、美味しそうと思いますが…それから、娘がテレビを買い替えると言い出しました。私は、今ので充分言うのですが、いゃ、大型が欲しいと、で、とてもデカイテレビが届きました。何日かして、ビデオを見ろうと思ったのですが、カセット口を探すがありません。「DVD」しか使用出来ない構造だそうです。「AV」が見られない(泣き)前のテレビが恋しい…

2006年11月06日

タコ部屋から出られな~い!

タコ公演第2部
♪生きることは、釣りすること、終わりのない この道、タコ釣る人 カニを連れて タコさがしながら~…「川の流れのように♪♪??? Pひばり」

 完全なタコ中毒です。夢にまで出てきます。どうすれば治るのでしょう。
電動タコ釣りで何杯かバラシマシタ。タコが大きくなっている為、掛かり所が悪ければスピードの抵抗で身切れが発生しました。手動に代えてから、パーフェクト

  

またまた、岸壁に立っていました。今年の秋は天候に恵まれ、気温も高いのでタコが釣れ続いております。
関門海峡航路より関門橋を望む!今日は、半分はアラカブ釣りをしました。15~25センチサイズが20匹ほど釣れましたよ、餌は冷凍カナギです。潮が早いときは(6~8ノット)流れが比較的穏やかな場所で釣り、流速が3ノット以下になると関門橋辺りに船が集まります。

  

大きな貨物船が横を通ると波が発生して小船は大揺れです。海上保安庁の巡視艇が遊漁船や漁をしている船にマイクでおらんでいます。
「そこのタコ中毒のおじさん。危ないから航路から出てくださいと」

関門海峡本航路より門司側(太刀の浦~戸畑沖)でのタコ捕獲は禁止されています。「漁業権魚種」に指定されています。指定の漁業者のみに与えられた権利です。違反者は罰金ですから気をつけて下さい。「毎年蛸壺などを入れて資源の増殖に努力しているそうです」

2006年10月30日

タコ部屋のタコ中毒患者末期症状「いゃ~んタコ」

これで最後!と、言いながら、タコ舟の着く岸壁に立つ私でした。
タコ釣りにハマると、このような結末が待っていると分っていても止められない、正にタコ中毒

タコ釣りにハマった原因はいくつかあるが、その代表的な私個人の感性で答えるならば
1.タコとの駆け引き
2.自作のテンヤで勝負
3.タコは派手ハデが大好きみたい
4.船上に上げるまでのハラハラ感がやみつきに
5.電動タコ釣りがおもろい
6.海底に神経を集中すると、海の底がイメージされる。
7.うまい下手がはっきりしているけど、競争相手がいるとプレッシャーの重圧で絶不調に陥ることも?「カニ、シャコ、手羽先、ブタの脂身、」これらがタコ征伐の武器だ!




先日、釣上げたタコです。キロ前後合わせて26杯で初めてタコ船頭に勝ちました。別に競い合っているわけではありませんが、タコ船頭はテンヤ釣りの二刀流です。
因みに私は、電動タコ釣師とでも言っておきます。「知らず知らず歩いていた、遥か永いこの道、振りか~えれば遥か遠くタコが見える…美空ひばり?」

 

 

 

 

 

 

 

 


電動リールで釣るタコ釣は、やりだしたら止まらない、癖になりそう。それから、自作のテンヤをまたまた、見せます。

  

 

 

 

 

 

 

 



タコの調理法
1.内臓を取り除きます。
2.たっぷりと塩を着けてヌメリを取ります。よく揉んで流水で洗い流し ます。3~4回(ヌメリがなくなればOK)
3.ナベにたっぷりのお湯を沸かし、中に「番茶、酢、醤油」のどれかを お好みで入れて用意します。
4.沸騰したお湯に、タコの頭を持って足の先から「チョンチョン」と揺すりながらゆっくり浸けて行きます。「足がカールします」
5.茹で時間は、タコの大小で変わります。500g程度でしたら30秒~1分、1キロ程度のタコで2分程度、「沸騰した状態の時間ではありません」沸騰した中に入れてからの時間です。熱湯で煮過ぎると硬くなります。
6.茹で上がりをギンギンに冷えた氷水に入れタコを〆ることもあります。時間のある方は、1の段階で大根でタコの繊維を叩いて潰しましょう。タコが柔らかくなります。

2006年10月27日

これはデカ!尺カワハギを調理

デカ!カワハギ尺越え、原産地大分です。

メジャーな釣りとなった、大分のカワハギ釣り、スタッフが釣ったカワハギを捌きました。33センチありました。釣上げて直ぐに〆ていたので、キモが奇麗ですね、やはり美味しく魚をいただくには、必ず〆て血抜きをしましょう。

キモ和えを作りました。25人前ありましたよ、食べてしまった後に写真がないことに気付き、「がっくり」です。一般的には、本カワハギの30センチ越えはなかなかお目に掛かれません。しかし、大分では高い確率でゲットできるのです。今年もよく釣れています、夢を現実に…

 

 

 

 

 

2006年09月25日

秋の味覚と言えばカワハギ

1年間待ちました。やっと開幕です。























9月24日会社の仲間6名で豊後水道のカワハギ釣りに行ってきました。
活きエビを使うようになって釣果もグ~ン!とUP
私も平均サイズ23センチ~32センチが23枚釣れました。
26リッターのクーラー満タン、氷の入れる隙間が無いほどです。
すでにキモもはちきれそう!これからますますキモパン!
私が食べたい秋味覚3品、①松茸は高いし、②サンマは…、③カワハギ(キモ和え、唐揚げ、なべ)新鮮なカワハギは釣人の特権ですね、至福のひとときを堪能下さい。

べっぷ丸さんありがとう


大分の豊後水道はブランドとして定着している「関アジ、サバ」ですが、数年前ら注目の的となったカワハギ釣り、何と言っても、ここの魅力は大型カワハギ(平均アベレージ25センチ前後)30センチ前後~30センチオーバーが数枚混じる確率が90%以上ある事と、数釣りが出来ることにあります。
20枚前後で20リッターのクーラー満タンです。よくバラシマシタ。
リールのトラブル3回、魚が掛かっていたのに残念。途中はずれ12回、アタリ頻繁。針が伸びた一回、4号ハリスが飛んだ1回うまく釣っていたら、30枚は堅かった!
来週ぐらいには、ポイントオリジナル九州カワハギ仕掛(丸セイゴ11号太軸)が発売されます。


初めての方へ
鉛を海底に着けたら、すかさず30cmぐらい持ち上げたり、糸を張ったまま、底に鉛を着け、ゆっくり船の動きに合わせて引きづる。この動作をソフトに行ないます。すると、カワハギがコッコツとエサを食べ始める「魚信」が竿先に伝わります。

ここからが、釣れるか釣れないかの重要なポイントになります。 「あたり」から次の動作は、竿をゆっくり 「すぅ~と」上に上げていきます。エサが逃げると思ったカワハギは追い食いするので「ゴッゴッ」と強いあたりに変わり 針掛りしますが、もう一度、強く引きがっちりハリ掛りさせて下さい。口が硬いから上げてくるまで緩めないように、船上にブリ上げてください。ヤバイ大物は玉アミで掬いましょう。「決して反射的に合わせを入れないこと」 エサの活きエビは、指ぐらいの大きな物も使用します。大きいエビの頭はカワハギには美味しいらしく、頭だけで釣れる事もよくあります。「大きいエビは半分に切ってエサ付けすることもあります」

釣った後は調理です。釣師のみなさんも、ここまで頑張って下さいきっと周りの方達が喜びますよカワハギのキモ和えを作りました
①セビレ、ハラビレ、尾ッポ、口、頭のトゲなどを全て切り落とします。
②頭の方から、皮を剥いで下さい。
③頭の下ぐらいから、背骨まで垂直に切り込んで下さい。


④切り込んで左右に引き裂くと内臓とキモが一緒に出てきますので、肝を潰さないように取り出して下さい。
⑤キモに軽く塩を降って、熱湯をかけて湯引きにします。「素早くさっと」


⑥このキモ、ワサビもいっしょに包丁で叩いて、最後に醤油でお好みの味に仕上げます。
⑦次は3枚におろしたカワハギの薄皮を剥ぐ「面倒なら剥がなくても可」中骨などを取ってから、ソギ切りにして、キモソースに絡めます。

出来あがりました。新鮮なキモ和えは釣人だけが味わえる至福の世界です。
ウニに勝る濃厚な肝和えを召し上がれ
画像はまだ和えていません。キモと一緒に混ぜて出来上がり。

2006年09月23日

タコ部屋から出られな~い!

団塊釣りおやじタコテンヤ工房タコ釣りファンのみなさん。一緒に嵌りましょう(^0^)

飯は飯捕りません。ここで紹介するのは、マダコテンヤ作りです。慌てて12個も作りましたが完成品ではありません。途中ですが、なぜか見せたくなりました。ご存知でしょうが、タコのシーズンは一般的に梅雨明け~9月いっぱいが最も釣れる時季の様です。最近はタコエギなる物が手軽で重宝されていますが、テンヤで蟹を乗せて釣る釣法が面白い「タコとの駆け引き」つまり、針掛かりせずに逃す確立が高く逃したときの悔しさが逃すまいと仕掛に工夫と拘りを持つようになるのです。製作途中ですが、みせちゃいました。

 

 

 

 

 

テンヤのそれぞれに名前があります。タコは好奇心が強く、「ピンク、赤、白」など派手派手が好きなようです。人間も同じような色を好みますから、タコがどうのとは言えませんね、ネオンくらげ、ピンクの誘惑、ホワイトエンジェル、タコぎおん、水中大花火、水中回転花車、まだらスッポン、クレイジーデビル

述べ工作時間は6時間です。ちょっと早すぎ…

これからの作業はそれぞれに特徴を持たせる飾りです。

がっちり掛けて逃さない4本針仕様もあります。

なぜかこんなミニチュアが???ワンピース???

水中回転花車…関門の潮流で回転翼がくるくる回り、タコを誘惑すると言う優れものです。果してその効果は???

2006年09月20日

蘇った洞海湾釣り歩き

今、環境破壊から見事に蘇った!多くの魚種を育む環境が整いつつある洞海湾

公害の町というイメージの北九州、それは一昔前のこと、市民、企業、研究機関、行政等のたゆまない努力の成果に、この洞海湾に生息する魚が、公害を克服したことを証明する。私が幼い頃の洞海湾は、渡りカニや色々な魚が生息していたと記憶しているが、昭和40年代前後から、いわゆる高度成長期に入ると、重化学工場による有害物質排出、生活廃水などの汚染は、一気に洞海湾を死の海にしてしまいました。しかし、釣りを通じて最近の洞海湾をウォッチングしてきました。親子が触れ合える環境が息づいている海岸で遊びませんか、きっと、子供達は五感(見る、触る、食べる、聴く、嗅ぐなど)海辺の自然に触れ合う「楽校」に、大人になって故郷を思うとき、きっとこう、言うでしょう。「子供の頃家族と、洞海湾で釣りを…」そして深い人間性を持った、環境にやさしい大人に成長すると思います。

 

若松駅裏海岸遊歩道です。若松南海岸遊歩道は、この若戸渡船若松渡し場前から始まります。この遊歩道は左側に洞海湾を眺め、蘇った洞海湾を眺めながら、若松では数少ない、明治大正時代の建物が立ち並ぶ町並みを散策しながら若松の歴史を頭に浮かべれば炭坑景気に沸いた時代が見えるかも‥夜はライトアップされてるよ。ごらんの通り、遊歩道は清掃が行き届いております。これは地域の方々の環境美化に対する努力の賜物と考えます。こんなに景観の良い場所ですが人通りがありません。多分駐車場がないからだと思います。たくさんの人が集まると心無い人達がゴミを放置することもあるので、今のままが好きです。渡し場より200mほど歩くと、ベンチがあってここに肩を寄り添うカップルが座っている光景をよくみます。ここも、10月の声を聞くとハゼが釣れます。ファミリーで楽しめますよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

洞海湾の水質浄化を生物で行う研究設備筏この設備はムラサキイガイを養殖して、洞海湾の水質浄化を図るために設置されたイカダです。このイカダの下にムラサキイガイ(カラス貝?)を養殖しているそうです。ムラサキイガイが水質浄化に一役買っている事をあらためて知ることとなりました。でも何でイイダコがたくさん住みついているのかわかりませんが、岸壁に蠣やカラス貝そして、海底は、砂、蠣殻などイイダコの生活環境に適していると考えられます。ここにも、洞海湾を蘇らせる為の努力に驚きだ。料理好きで食い意地のはっている筆者は、つい、ムラサキイガイ=ムール貝を想像してパスタの具材になんて考えたりして、人の苦労なんて考えていないんじゃないかと疑われそうだ。この付近も魚影が濃いく、ハゼ、イイダコ、カワハギ、タナゴ、メイタ、セイゴなど釣れます。水深は最干潮で1メートル程度と場所もあれば巡視艇が停泊している場所はやや深く2m前後あるようです。また、海藻もたくさん繁殖しているので魚も集まってきますよ。洞海湾の歴史「ごんぞう小屋」今は、市民の憩いの場所?石炭の積み出しでにぎわっていた頃の荷役人の休憩所跡だそうです。北九州に生まれ育って、若松には釣りに何度も訪れていますが、このような歴史的建物の存在を知らなかった。(ごめんなさい)この前の海岸は、木造のデッキらしき半円形した憩いの場所が海岸より突き出て作られていました。まさに「癒しの世界だ」夕闇迫る黄昏どきそっと肩に手を‥もう昔のことだ!そんなことを想うロケーションです。そして海岸線は自然と触れ合う楽校ですね、お子様と一緒に若松散策の旅に行きませんか…洞海湾の海水浄化試験場もあります。「ムラサキイガイイカダ」

タコエギ孝ちゃんと改良タコエギです。

これがタコエギです。これは優れものでマダコもOKです。私は、タコエギを改良して取り込みの確率を高めています。また、この場所でハゼも良く釣れます。

 

 

 

 

ハゼとイイダコ(茹でてあります)の釣果です。ハゼは入れ食いです。今年はまだ釣行していませんが、近い内に報告いたします。

 

 

 

 

 

2006年09月15日

マニュアルを超えたとき

店を巡回しているとき、ある店で開店作業の手伝いをしていると、開店して直ぐに親子連れのお客様がご来店、明らかに初心者のようだ。子供は小学生高学年?チョットおとなしすぎる。お父さんがこの子は身障者です。久しぶりに親子で釣りを楽しもうと思って来ましたとのこと。この近くで魚が釣れるところありますかと、尋ねてきた。予め新聞の釣り欄を読んでいたので釣り情報は頭に入っている。分りました。この近くの岸壁でコノシロが釣れていると新聞の釣り欄に書いてあった。仕掛が書いていなかったので、標準的な(下カゴのサビキ仕掛を教える)これでこうやってこうすれば、いくらでも釣れると、この親子に伝え送り出す。ふと、カウンターに目をやると、カウンターの端に本日届いた、新しい釣り新聞に目が行く。偶然にも一面にコノシロ釣りのことが仕掛図つきで掲載されているのだ。どう見ても、おいらが親子に教えた仕掛と違うし、サビキの種類も違っていた。「一般的にはこれで釣れる自信があるのだが」こりゃ大変だ、「仕掛は浮き釣り」(下どんぶり)早速、自費で仕掛を購入、車で5分程度の場所だったので直ぐに親子を見つけることが出来た。やはり苦戦している様子。周りはそこそこに釣れているのに、この親子にはまだ一匹も釣れていない。みんなウキを付けて投げているのでポイントが遠い…どうですか?釣れますか?釣れません!じゃ、この仕掛に変えましょうと言うことでウキ釣りの仕掛に変更する。すると、見事にどんどん釣れる。子供は喜んで、弾けている。お父さんも大喜びだ!

帰りにお店に寄られ、丁重なお礼を頂いた。そしてお店のファンになりましたと言ってくれたとき、私は販売員として「これほど嬉しいことは無い」感動を覚えました。でも、後で反省する。もし、社員が少なく外出が出来なかったらと思うとこのような対応は出来ていないだろうと

…情報は正確に…

2006年09月11日

作文 僕の夏休み「 じぃちゃんとタコ釣りの想いで」

小学校3年生 団塊たつお

                

 

 

 



きょうは、じぃちゃんの家に泊まりにきました。じぃちゃんの家にはおねえさんがいて、よく遊んでくれます。しかし、じぃちゃんはいつも、だんまりで、どうも子供がきらいみたいです。

そんなじぃちゃんはいつも、ごそごそ何かをしています。釣道具を見ては、「にゃっと笑ったり」奇妙な声を出したりして、僕も弟もちょっと怖いです。おかあさんが、お前達もじぃちゃんの血を引いているからとか、DNAがどうのとか言っているけど意味がわかりません。そんなじぃちゃんが、「突然明日タコ釣りに行くと言い出しました。」僕のおかあさんも、お父さんも、お姉ちゃんも一緒に行くと言い出したのです。それから、あまり見たことの無いおじぃちゃんの弟も一緒に連れていくと言っています。
僕は半信半疑、また、じぃちゃんの気まぐれと思いましたが、でも、どうも本当らしい…僕は、タコ釣りがどんな物か分りません。おかあさんとスーパーでタコは見ましたが、頭の無い足だけのタコです。あまり美味しいとは思いません。でも、タコ焼きは大好きです。
それで、じぃちゃんがタコの話しをはじめました。じぃちゃんは夢中になって話しているのですが、僕達兄弟には、よくわかりません。釣になるといつもそうです。おじぃちゃんは自分の世界にとっぷり浸かります。
おかあさんが、あしたは朝が早いから早く寝なさいと言うことで早く寝ました。朝早く起きて車で門司まで行って船に乗りました。初めての船で緊張しました。大きな船が横を通るたびに僕達の小さな船は大きく揺れます。釣り場について、先に釣ったのがおねえさんです。僕は初めて生きたタコを見ました。とても、恐ろしくて触れませんでした。
じぃちゃんにはなかなか釣れず「じぃちゃんの顔がタコに見えてきました。」僕のお父さんもタコを釣りました。僕はちょっと気分が悪くなり、弟も青ざめてきました。じぃちゃんはそんな僕らを見て、船頭さんに船を戻すように言いました。そして、じぃちゃんだけ船に乗って又、釣りに行きました。僕はその夜思いました。タコ釣りに夢中になるじぃちゃんが不安になります。タコの逆襲がありそうなのでじぃちゃんに近づかないよう弟に話しました。この事をおかあさんに言ったら、あなた達も同罪と言います。

 

そしてその夜、僕は夢を見ました。タコに頭を吸いつかれて枯れてひらひらになったじぃちゃんです。僕は大人になってもタコ釣りはしません。タコさんごめんなさい。

それから、おねえさんはじぃちゃんの子供らしい?でも、じぃちゃんのお嫁さんは何処にいるのかな…おかあさんが言うには釣りばっかり行っていたから、愛想つかされたと、「やっぱりタコのタタリだと僕は思います。」








2006年09月08日

団塊釣りおやじこんな子供だったシリーズ 最終章 part-3

ラジオ体操始め!

「昭和33年の夏休み」かぁ~ちゃん、ラジオ体操に行ってくるね、家から歩いて15分ぐらい行くと村外れの川横の広場が会場だった。腕を前から上げて…1、2、1、2 模範体操のおやじの後ろに回り、ラジオ体操出席表に印鑑を10日分押している子供がおいらだった。これやったら、ラジオ体操皆勤賞貰えるがな、「末恐ろしいガキだ。」

ラジオ体操行きたくなぁ~ぃ!毎日、朝6時にラジオ体操は子供でも辛い。

夏休みが終わり学校で「良い子でいたで賞(皆勤)」を貰ったときは複雑な気分だった。ラジオ体操の帰り道、よその畑でトマトをちぎって食べて、スイカを頂き、ウリもついでに盗って、畑のおやじに見つかり、捕まって叩かれる。また、○○の家の子か、おやじに言っとくからな…すいませんもう2度としません…「しくしく」要領のええガキだったから、「直ぐ泣く」


★よいしょ、よいしょ 重たい 機関車のレール これは重たくて諦めた。「リヤカーでも一人じゃ無理だった。」

★よいしょ、よいしょ もう少し、よし、届いた。「ブチ!」周りの家の電気が消えたがな??当たり前やがな、電柱登って電線切れば停電するがな「向こう見ずで無知なガキだった。」

★シ-ッ!犬を連れた警備員の見回りだ、「土管の中でコンクリートに同化、息も出来ない」最近、電線を切って持って帰るヤッがいる。「どうも色の黒いヤツらしい」犬が激しく吼える。「更に死んだふり」

★今日は雨降り、夜の雨にまぎれて電柱よいしょ、よいしょ「ブチ!バチバチバチ!」感電して火花が飛んだがな、軍手が雨で濡れていたさかいな…「これぐらいでめげる子供ではなかった。」しかし、それ以来電気の恐ろしさを知った。

★最近よそんちの玄関のサボテンが行方不明、犯人は誰だ!ついでに桃も、ぶどうも頂だ!団塊釣りおやじは、子供の頃サボテンを集めるのが趣味だった。「お金が無くてどうやって集めたの?」

★十姉妹は卵を良く産むので、雛を増やして売れば小遣いになると思って、飼ったけど、餌代が嵩み破産する。「団塊おやじは子供の頃から、無計画だった。」

★セッセ、セッセと内職をしているおふくろ、作っているのはソーセージを入れる袋やがな、紡績糸で端を縛っていたぞ、中身は無しや「ソーセージがあれば何も要らん時代やった」ソレニシテモ両端止めれば中身は何処から入れるのかな?不思議やさかい黄泉の国へ行った時、かあちゃんに聞こう。

★夜中とうちゃんと、かぁちゃんが喧嘩している。うめき声が…殺される!「逃げねば」布団かぶって死んだふりなぜかとうちゃんかぁちゃん「翌日ケロッ!」

★とうちゃん何してんの、「ま、まずい!」おかあさんと、プロレスよ、ズル~イ美穂も裸になる「チョーまずい」

★家庭訪問…先生うちの子は家事手伝いを良くしてくれます。そうですか、成績が疎かになるほどですか… もう、救いようがありません。でも義務教育では卒業できますだって。

★そうか○○会…新聞丸めて握り締め、気合!「広宣流布の歌♪♪」S37ごろお袋が信者だった。なけなしのお小遣い○○建立のため功徳があるとのことで寄付した。くやしい!おまけに「音痴なのに歌うたわせられた」折伏で友達の家に行ったら、そこのおやじが、「汝罪深き子と言ってアーメン!」

★初恋の「○○ちゃん」中学卒業するとバスガイドになっちやった。幼いころの想い出は、「お○○さんごっこ」 今でも当時の癖が抜けなくて…!「嫁はん逃げたがな」

★夢の中、「柳ルミちゃんアァ~、イィ~!」下半身が熱くなる。目がさめる。ルミちゃんおらんがな「ごそごそ…」ハァー…?「この湯たんぽ熱いがな…」

★海は気持ちがいいな…温かいな…下半身が生暖かいチョー気持ちいいな、「ウッ!何か冷たくなったぞ」、ハッ!と目がさめる…やってしまった日本地図!「昭和28年真冬」

2006年09月06日

団塊釣りおやじはこんな子だったシリーズpart―2

少年マガジン大好き!

★真っ赤な太陽 燃えている「怪傑ハリマオ」マレーの虎…大友中佐「わかるかな・・わかなねぇーだろな」団塊おじさんも小学校高学年だ!

★どぉ~この誰かは知らないけれど「月光仮面」 風呂敷をマント代わりに…団塊おじさんでこれ知らない人は  「個塊おじさんだ!」

★小学生のとき、腹痛で早退、途中で漏れそうになる。お尻に力を入れ、早足になった時、石に躓いた瞬間緊張の糸が切れで、「ブリ!ブリ!ハマチ!」家まで100mの距離だ!いつも後チョットで撃沈する子供だった。おふくろに悟られないように、「うん」を自分でつかんだ。「夕食は大好物のライスカレー」

★カエルを捕まえて麦わらストローで空気を入れて遊んだら、その夜、見た夢がもとで世界地図を書いた。

★渋柿や熟れていない「グミ、青いビワ」など食べると、糞詰まりになるとおふくろが言っていたが、実際食べたら本当になった。「恥ずかしながら浣腸経験者」

★お前は石炭場で生まれたから、色が黒いといわれ、俺はこの家の子供で無いと思い家出をした「夜の3時間は永かった」誰も探しにこなかった。「プチ家出」

★楽しい夏休み…宿題を前倒しで頑張ろうと決意をするが、毎年夏休みの終わりに姉さんに、どつかれる。さすが大人になってから、どつく者はおらん。「その代わり給料をどつかれた。」

★小学生の頃、教室で賭け事をして遊んでいたら、女先生に見つかり、頬べたを張られた。この女先生のアパートで初めてコーヒーなるものを経験する。「頭の悪いおいらにもやさしかった」

★線路のレールに薄い金属片を置いて機関車にひいてもらい、更に薄くしてナイフを造ろうと何回かやったまではいいが、ある朝、機関車が脱線してもうもうと蒸気が出ていた。「おれ知らぁ~ね」

★小学生クロンボ大会2位が男の勲章だ! 恥ずかしくて親には言えなかった。「後にも先にも賞に縁が無い」「無事これ名馬」永年勤続賞を貰った。今はこの賞もなくなった「永く勤めることが貢献しているとは限らないかららしい」はるウララになりたくな~い!

★高校の頃、駅前のパチンコ屋でパチンコしていたら、横におやじが…「知っているのに知らんふり」

★近くの池に大きな真っ黒な貝が生息していた。みんなは「バカ貝」と呼んでいた。食べられるとは聞いてはいないが、あまりの大きさに食欲が湧いてきて、これを食したのだ!「味の記憶は無い」キモがきも~い、泥だらけ「これってドブ貝?」そろそろ、貝の毒に…(--;)

2006年09月04日

団塊釣りおやじはこんな子供だったシリーズpart―1

団塊釣りおやじはこんな子供だったシリーズ part―1

★ひゃり~こ、ひゃられろ~ひゃり~ 「笛吹き童子」毎日夕方になるとラジオの前に家族が集まって…団塊おやじの定番?

★剣は取っては日本一に!「赤胴鈴の助」暇があればチャンバラ これまた団塊おやじなら知ってるよね、

★小学校3年生の節分(豆まき)、鬼のお面を被っていたおいらに、女の子に豆を投げつけられ泣かされる。かなりショック。女性の「トラウマ」の始まりか?

★鉄棒の逆上がりが出来なくて泣き「前回りも出来なかった」なぜた゛?!身体が死後硬直状態

★運動会のリレーで初めて5人中4位においらには凄い事だ!「家系的に運動は無理」

★近所の駄菓子屋にドンブリを持ってかき氷を買いにいった、そして舐めながら帰るとかなり減っていた。家に帰りつくなりおふくろに「途中で溶けた」と、堂々と言い訳をする子供だった。それからは、かき氷のお使いは回ってこなかった。「信用喪失」たぶん疑われている。

★中学一年生 悪友が水やと、言って茶碗に入れた飲物を一気のみした。茶碗の中には焼酎が入っていた。その日は「昼間からふらふらして与太っていた。」

★自宅近くのバス停で降りようと、ポケットの小銭に手をやると5円しかなかった。運転手さんに5円で許してもらった。「今だったらどうなるかな?」

★土方のアルバイトの帰り道、スコップを肩に担ぎ、与太っていたが、もっとすごい与太に因縁つけられ、「高速回転で逃げた。」この逃げ方だったら、運動会で1位だ!

★泥棒猫を捕まえようと罠をはって物置に追い詰めたが、猫の逆襲にあって顔を引っかかれた。「ありんこでも舐めたらあかん!」

★おやじが大事に飼っていた池の鮒を釣り上げて何度か食べてしまった。おやじ…。「この頃鮒の姿が見えないとぼやいていた。」

★小さい頃、畑を耕し、肥料を撒いていた。「肥タゴを2桶天秤で担いで畑まで運んだ。」すごいエネルギーがあった時代だ。夜には股の間を火の玉が通過するし…「ほんとうの話し」


シリーズ:part―3まであるよ。

 

 

 

 

 

2006年09月01日

タコ釣りにハマってどうするの…











冷凍庫は、タコと蟹でいっぱい。それでも行くのダ!


関門海峡一帯「田の浦~洞海湾口」まで「共同漁業権が設定されています」だからこの海域でのマダコの捕獲は禁止されています。つまり漁業法第143条にふれることとなって罰せられます。
と、いう事で漁業権の設定されていない場所でタコ釣りに挑戦いたしました。

船からのタコ釣は、情報として頭にインプットしてありますが、初めての釣なのでやはり不安はつきまいます。
早速、船頭に予約を入れる。
餌は、「カニ、手羽先、擬似餌付きスッテ」など準備する。
今日は、船釣になると、「何かと講釈の多い釣り天狗の弟と一緒だ」
朝、5時に出船、早速カニを付けて入れる。最初はコツがわからなかったが、やってるうちに要領がわかってきた。弟は竿釣りだ。早速、弟に500g程度のマダコがかかる。

おいらも焦る、心を指先に集中させると「チョット重たい根掛かりの感じがした」
おもいっきりシャクルズシ!と重い、初めてのタコゲット!

 

私は右舷、弟は左舷「左舷は潮が船底に差込んで釣りづらそうだ」おいらの座っている右舷はそこまで差込んでこない「船頭が右舷のトモで釣っているから」弟と二人だったから、弟も右舷に来ればいいのにと思ったが、最後に右舷に来て釣上げると「左舷は潮が船底に差込んで釣りづらそうだ」よっぽど悔しかったのかな?私が19杯 弟が11杯 船釣り百戦錬磨の弟に、船釣り数回のおいらが勝利したのだ。「10時上がり」おいらは最初から最後まで「同じ仕掛けで同じカニ」でやりとおした。こんな効率の良い釣は初めてだ。多分普通なら途中でカニも代えなくてはならないし、針先も研がなくてはならなかったと思う、…その証拠に途中でバラスことが頻繁にあった。だから釣はおもろい!また、行こう。

 

そして、また行ってきました。弟を右舷にこの日は始めてタコ釣をすると言うお客さんが一人、左舷の私の前に陣取る。タコ釣りは始めてと言っている。「今日はゆっくり兄弟で釣りをするつもりだったのに」このお客さん。蟹を忘れてきたと言う。「餌を忘れて船に乗る?」擬似蟹のついたテンヤ仕掛けは持ってきているが、これではなかなか乗らないだろうと言うことで、人よいおいらは蟹を2杯差上げる。 しかしだな、このおやじ少しは遠慮しろよ!おいらより、先に中ダコを2杯上げる。「焦った焦った、」自称タコ名人が負けるわけにはいかんと言うことで「ハッスル、ハッスル!」電動リールを駆使して何とか8杯釣って面目を保つ。弟は右舷でバラシながらも13杯上げていた。 蟹餌をやったおっさんは、あまりありがたみを感じていない様子。お礼を言うわけでもなく、蟹やって損した。最後はシヤコまで進呈最も、悔しいのは、大きなタコを2杯続けてバラシたことです。水面まで上がってきたが針が悪く最後に外れる「電動リールを駆使してハイスピードで巻き上げたらタコが海面から踊り出て、空飛んで逃げた」また、行こう。今度は弟を連れて行くまい。「右舷に座りたいから」

2006年08月25日

済州島へ「いやいや珍道中ダニ」


済州島へ「いやいや珍道中ダニ」
会社のハングル教室に通い始めて早、二年が経過した。一向に上達しないおいらの語学力にごうを煮やした上司が、ハングル教師の帰国記念にと、韓国3泊4日の研修旅行を企画したのだ!
「やめて、やめて」と声に出せず。泣き寝入りダニ。
2年間週一回のハングル教室に通っても、興味がなかったら10年でも無理ダニ!

とうとう済州島に到着した。予測はしていたが、ハングル教室の成果を試すと言うことで、この女性上司が企画したことは(恐)
二人一組で全く行った事のない場所に置き去りをするから、ホテルまで帰ってきなさいと言うことでした。帰ってくる時間も指定され、途中で昼食も食べなくてはなりません。ちょっと不安になるダニ。

組み合わせは何を思ったか、成績の一番悪い部下だ!「益々不安になるダニ。

そして、マイクロバスで釣れていかれ、わけのわからない場所で下ろされる。何処を見渡しても日本人の観光客などいない。それどころか人通りさえ無い。

とにかく相棒とジッとしておけば何も起こらないと言うことで、路上に座り込んでいると、パトカーがなぜか行ったり来りしている。「おい、職務質問されたらヤバイ」この場から急いで離れる。30分も歩いたら、腹も減って何か食べなければと、「食堂らしい建物の前を行ったり来り」、観光客が来るようなところではなかったので不安が募る。
ガラガラ~ 入口の戸を開けると食堂のようで食堂で無い、どうも日本の仕出屋さんのようだ。
「アン二ョンハシンニカ?」私の発音を聞くなり「イルボンサラミ」日本人ですか?「ネェー」はい

多分どうしたのですかと言っているようだが、分らない。
アジュシ「おじさん」チェ~ソンハンニダマン「ちょっとすみませんが」ご飯を食べるジエスチャ-で「モグモグ」と言うと「あぁご飯ですね」、だって「これって日本語」思わず握手したぞ。
腹いっぱい食っておやじにお礼(コマスニダ、カンサハンニダ)を言って食堂を後にする。

さて、これからが、大変だ。相変わらず相棒は貝になったままダニ。
ぎりぎりの時間まで待ってタクシーを止める。アジュシ ○○ホテル カジュセヨ! 「イエー」通じた
人間なんでも自信を無くしたら、何も出来ない「おいらにもう少し図太さがあれば」恥ずかしさが先に来るから…やっぱり無理ダニ。頭も悪いダニ。家にダニがいるダニ。

★団塊バツイチ釣おやじの独り言
釣と料理に夢中、仕事は途中?
好きなものには夢中になれる。
夢中になれるから、覚えが早い
夢中になれるから、声が出る
夢中になれるから、笑顔が出る
夢中になれるから、時間が足りない
夢中になれるから、おもしろい
夢中になれるから、文句は言わない
夢中になれたら、 社長になれる。
夢中はいいな、どうしたらなれるかな?(^0^)

2006年08月22日

孫や娘とタコ釣りへGO!

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永い梅雨が明けて真っ赤な太陽がジリジリと肌を焼く真夏に突入した。
この暑い夏を何より喜んでいる生き物がいる。そう、マダコです。釣用語で「照りダコ」と呼ばれているように
マダコの「旬」なのです。北九州は関東関西に比べ、マダコ釣りを本格的に遊魚する船はすくない、多分関門海峡が「共同漁業区域に指定され捕獲が禁止」になっている関係もあるのかな

それでも、北九州市は響灘の海域や関門海峡下関近海でマダコが釣れる。
団塊おやじの18番は言わずと知れた「釣りと料理」
今回は孫と孫夫婦、娘を連れ総勢6名で船遊びを兼ねてタコ釣りにチャレンジする。しかし、なぜか弟がついてきた。

タコの恐ろしさを知らずに孫たちははしゃいでいる。多分、生きたマダコは初めて目にすると思う。
子供にとって早朝6時出船は辛い。それでも、期待に胸を膨らましての早起きで子供達は元気だ。

早速船に乗りこむ、始めてみる海からの関門海峡や関門の街、やがてエンジンがスローになった。今日は先ず波の少ない巌流島の東側で波静かな場所から始める。

最初に上げたのは私の娘でした。竿釣りをさせていたのですが、何か引っかかった!と叫ぶ力一杯あおって一生懸命巻いている.海面を割ってタコの500gが上がってきた。それを見た子供達はびっくり仰天
はじめて遭遇するタコ意外な動きの速さにびびっている。

孫はまだ5歳と7歳だから船の上から竿を持たせるわけに行かないから、釣に参加できないことが影響してかやや船酔らしき症状が出てきた。全員で10杯ぐらい釣ったところで一旦、岡に上がり孫たちを下ろす。 {_}

それから弟と2人で3時間ほどタコ釣をする。私が20杯ゲット!弟も15杯ぐらいは釣っていたようだ。

これで当分、孫の話し相手になれそうだ。
あるブログに結婚ができない男の理由の中に、「子供から嫌われるとあった。」確かに子供とどうやって遊んだら良いか分らないから、私には子供もなぜか近づかない。
こんな顔をしているからかな…

その他、一人になりたいとか、家事全般が出きるとか、細かいことが気になるなど確かに4つは当たっている。5つ目は結婚の意志がないときた。しかし、私は結婚したい気持ちはあるのだが?

関門のタコは急流で育っている為、足が短く太いと言うことだ。何だか娘の足を思い出した。 「その他にあの人もこの人も」周りにたくさんいるがな…

タコを捌く
タコを調理する場合、基本をしっかり身につけておかないと、美味しいタコも「駄目タコ」に変身する。

捌く手順
1.タコの頭を裏返し、内臓、墨袋などを取り除く

2.荒塩をタコにまぶしてヌメリを取る。吸盤などは念入りにしごく、4~5かい程度塩で揉んで水で洗い流せばヌルヌル感がなくなる。無くなればOK

3.タコの量にもよりますが、出来る限り大鍋に塩適量入れ、お湯を沸騰させ、番茶、しょうゆ、酢、のどれかを入れて沸騰したお湯にタコの頭を持って足先から「ちょんちょん」と揺さぶって徐々に沈めて最後に頭を離す。「タコに良い色が付く」

4.この順番はタコの大きい順に行い、最後の小さいタコを入れたら、一旦沸騰させ直ぐ火を止める。小さいタコから順に上げる。500グラム以下のタコであれば3の段階で30秒程度で湯上げをする。1キロの以上の大型でも1分程度しか私はボイルしない。

5.良く冷えた氷水に熱いタコをつけてヌメリの残ったところをサッと洗って冷水から出して水気を取る

6.このまま冷凍袋に入れて保存するか、たくさん釣れたときは釣り立てのままを冷凍保存すれば場所を取らない、解凍して調理すれば釣り立てと遜色無い。

★時間がある方は、スリコギや、ダイコンでタコの足を叩くと繊維が潰れてさらに柔らかくなります。
★きちんと手順を踏んで茹蛸を作ればきっと美味しいタコに変身をします。手を抜くと、ゴムのように硬くなって胃を壊しますよ。
関門橋の下からの映像です。

タコ釣りは姿勢が大事!

この画像は別の日に釣行したものです。

2006年08月21日

団塊のギャンブラー

初めての競馬場「あぶく銭身につかず」
随分昔のことです。35年の歳月が流れた今も、思い出される出来事がありました。それは、同僚から誘われて大阪にある園田競馬場に行ったときの事です。

競馬は全くの「どしろうと」だった。
競馬場に着くなり、連れて来てくれた部下は突然いなくなる。
こんな時アナウンス「後5分で○○レースの投票窓口を〆きります」別に買わなくても良いのに、慌てて「4-8・4-6」の馬券を各千円づつ買う。予想紙も見らなくて適当に買ったのだ。
そうこうしていると連れが戻ってきた。まさかおいらが馬券を買っているとは思っても見なかったようだ。

ファンファーレが鳴り、ゲートイン完了の合図に一斉にスタート。馬券は2枚持っているが何が何だか分らない。
アナウンスは写真判定??と、言っている。連勝複式4と6と言ったようだ。連れがオッズを見ていて8000円ぐらいだと言っている。ポケットには4―6と4―8の馬券が確かにある。連れにこれを見せると呆然としていた。

80000円を手にする。これで気持ちが大きくなり、あれやこれやの馬券を適当に買ったため最後は8万円全部使って「トホホホ」

名古屋競馬場で目がさめる。
既に子供も、5歳だ
相変わらず釣には行かず休みは競馬場だ!名古屋に転勤して2年が過ぎた風呂の無いアパートで熱田神宮近くの銭湯に歩いていく、「この生活はこれで生きているという実感があった」
ある日、家内がもらったばかりの給料をおいて外出、おいらは1週間後に北九州(本社)に戻るのダ!

自分で最後の競馬だと言い聞かせ、給料の半分を持って名古屋競馬場(公営)に行くことに、なかなか当たらない7レースでオケラだ!これはまずいと、一目散に信号無視を繰り返し残りの給料を掴んで競馬場に戻る。
何とか最終レースに間に合い、バトックで馬を見る余裕もある。
ここで当てて給料を戻さないと大変なことになるから必死だ。バトックで見た本命の馬は調子よさそう、毛つやもよさそう。この馬を頭に本命1点買い
ゲートが開きました。各馬一斉にスタート、出遅れた馬はいません。おいらが買った馬は直線入口までドン尻だ!(汗)
これはもう駄目!絶望感が漂い始めたころ、ものすごい勢いで本命馬が直線で突っ込んでくる。~0~

他馬が一瞬止まって見える。知らず知らず自分のお尻にむちを入れていた「行けッ!行けッ!」
明らかに1着でゴールインだ。2着も買っていた「ひも」が残ったようだ。
これで元が取れた。安堵感で放心状態!これだけ神経すり減らして、こんなに疲れてもギャンブルは儲からないことを悟る。この日を境に足を洗う「きっぱりと」

2006年08月18日

名人に勝った!釣りは運も味方する(嬉)


15年ほど前、社内の釣り会で島根県にハヤ釣りに行くことになった。行く道中でどうせなら賞金を出して楽しい大会にと言うことに急遽なり、おいらのアドレナリンが「ふっふっ、めらめら」と沸き上がって来たぞ!しかし、おいらの前に立ちはだかる偉大な先輩、仕事も釣りも超ベテラン、そうです我社の先代でありました。仕事もすごいが釣りもすごい方でした。

しかし、私は若さがありますし、魚の生態を知り尽くしている事と、ハイピッチ釣法を密かに練習していたのでポイントさえ間違わなかったら、一矢報いるチャンスはあると確信して釣りに望む。私が選ぶ理想の釣り場は、「堰の上に大きなトロ場があり、適度に流れがあって水深Ⅰメートル」を探すことだった。すぐに理想な釣り場が見つかり、時間制限4時間のなかでスタートとなる。Ⅰ時間もするとマキエが効き出し、何百と言う魚がマキエに集まり、一流し一匹の割合「10~20秒」に1匹のハイペースで3時間以上釣れ続く、それでも先代には油断は禁物で圧倒的な差をつけていると思っても不安でいっぱいだ。

既に検量を済ませた先代が5.6キロ釣ったと密かに笑みを浮かべていた。 ~

確かにその時点ではダントツのトップだ。さて私の検量を行い5.1キロに針の表示、誰も先代がトップと思った瞬間、私はクーラーより残りの魚を出して検量、残りは3キロ強あって合計8.6キロのハヤ、ウグイを釣り上げ優勝して優勝賞金1万円をゲットあとで先代に悪いことをしたな…とあんまり喜ぶことが出来なかったことを覚えている。その先代が亡くなられて12年になる。今も川釣りに行くとふと思い出します(泣き)

後で聞くと、先代は子守りをしながらの釣だったと…やっぱりすごい!まともに戦っていたら負けていたかも…

取りこみ時間をいかに短縮するかを考えた挙句に、全体的に仕掛けを太めにして、一気に抜き揚げ自分の正面にぶら下げている魚篭に入れる。つまり掛けた魚を遊ばせないに徹底したことが勝因だ。

2006年08月16日

団塊釣師のチョイ悪懺悔

チョイ悪の始まり

 

近所の遊び仲間から空気銃を買うことになった.銃刀法なんとやらの法律など関心が無い、小学生の頃、近所では頻繁に空気銃を持ったおっさんがうろついていた。スズメを撃っていたのだ。なぜか許されていた時代だ。^^一度でいいから子供心に撃ってみたいと思っていた。そんな昔の思いが高校生になって実現するとは夢にも思わなかったのだ。^0^悪友の悪友から流れてきた空気銃だ。あるとき、あまり遊んだことが無い近所の同級生にこの銃を貸すことになる。こともあろうに、進駐軍が駐留している屋敷の周りで空気銃を持って鳥を撃っていたから、大騒ぎになる。**;この同級生が警察につかまり、銃の出何処が直ぐに判明して、自宅にパトカーが急行、逃げようかと思ったが素直にお縄を頂戴する。もちろん未成年だから、おやじも署まで同行することになった。このときパトカーの中でアウトローの気分になったのはなぜだ??こっぴどく叱られ、銃をどのような経路で手に入れたか聞いてくるが、最後まで友達から買ったとは言わなかった。口はかたかった。「公園で遊んでいると見知らぬ あんちゃんが話しかけてきての始まりで…」おやじに迷惑をかけたことは言うまでも無いが、おやじはなぜか殴らなかった。家庭でも話題にならなかった。「チョイ悪おやじは、子供の頃からチョイ悪で大悪ではなかったからだ」子供の頃から家の手伝いをしていたからかもしれない。「ご飯炊き、風呂の掃除にお風呂の水は井戸のポンプで汲み上げる、買物、夕食の準備、薪集め、ひちりんをおこし、真冬の洗濯板での洗濯、おねしょの布団干し(自分の)等など」おねしょは2回ほど記憶にある。今でも鮮明に覚えている。「あぁ~温かい海だなあ~、気持ちがいいな~^0^…」これがおねしょの見本や…子供の頃は良く夢を見た。特に同じ夢を何回も見た。崖から落ちる夢なんかは、「落ちた瞬間~あぁ~」と、気が遠くなりながら飛び起きるのだ。「これはキツカッタ」また、小判ざくざくの夢は、実にリアルな夢だった。夢に見たその山に行ったけど石ころだけだった。正夢はなしだ。タダ、神戸に住んでいたとき、マン馬券の夢を見た。当たり馬券の数字(枠連)だけは覚えていて、その日、「1―5」のお告げがあった。お告げの通り馬券を買おうと思ったが、どのレースか分らない、結局メインレースのみ買うことに、見事に12000円的中、1000円買っていたので元手の3万円を差し引いてもウッシッシ^^ でも、これって一度きり、「夢を見なくなったのだ!」

 

また、情けないことで忘れられない事件があった。子供の頃、おふくろが天ぷら揚げていたときのことだ。天ぷら鍋に火が入り1mぐらいまで燃え上がる。普通の子供なら、おふくろの手助けをするが、おいらは一目散に縁側まで逃げたのだ。そして恐る恐る戻って覗くと、切り刻んでいた野菜をぶち込み、フライパンに蓋をする母の姿、そして見事に火が消えていた。お袋を尊敬「かあちゃん大好き」おふくろはおいらが逃げたことを知らなかったらしい。^^;また、ちょくちょくおふくろの財布から小銭を貰っていたな、多分おふくろは気がついていたらしい、今でも良心が咎める。でも、そんな後ろめたいことがあったので社会人になってから、何かとお小遣いを上げて懺悔をしたのだ。しかし、悪いことをしたら、いくら懺悔をしても、一生背中に緒って歩かなければならないことを痛感する。未だに反省の念が絶えない。(ちょっぴり貧乏だったから、なおのこと辛い)団塊「黄昏」おやじは 子供の頃はやさしいおふくろ思いの子供だった。

2006年08月10日

団塊釣りおやじの記憶喪失

最近、物忘れものが多くなった団塊「黄昏」おやじです。いつも、ズボンのポケットに財布を入れているのだが、釣りの途中で落とすとまずいので小道具入れに直しておいた。5~6分もしないうちに自然にズボンのポケットに手が行く、「ない!ない!ない!ない!」車を降りるときに落としたのでは?ここは釣船の上だ、どうにもならない。あれやこれや考えながら、ハサミを探していると小道具入れの中に財布が、もう、年か老け込むには、ちと早いぞ…今日の夕食は何にするかな?専業主夫のおいらは、21世紀を生きぬく為、毎日夕食の準備をしなくてはならないのだ。おまけに三十路の娘の分も作るのだ。娘は学校の教員で昨年の移動で別の学校に配属となった。業務の内容が変わり朝早く家を出て、帰りは22時前後だ。その昔、学校の先生は夏休みがあっていい~なと、思っていたがとんでもない、夏であろうと、冬であろうと生徒と一緒に休みなど皆無だそうだ。我々一般サラリーマンより過酷かも知れない。おっ!今日はヤマトシジミが美味しそう。塩だけの味付けで澄まし汁を作る事に、そのほか何種類かの食材を購入。早速調理開始…出来あがって娘の帰りを待って一緒に食べるように考えてはいるが、22時までは中々待てず先に済ましておく。(シジミの澄まし汁は一緒に食べようと考え食べなかった)やがて、娘も帰って食事を済ませる。3~4日してふと、夜中ふとんの中でシジミ汁を食べた記憶が無いことに疑問を持つも、朝にはすっかり忘れているのだ。「だいたい2日前の夕食に何を食べたか思い出せなくなっているから、ヤバイ!」それからさらに1週間が経過して週明けに体調を崩して会社を休むことに。お腹の調子も悪くおかゆでも作って食べようと鍋の蓋を取るとそこには、10日前に買って調理したヤマトシジミが「ウッ!」何だこの臭い、今までの人生で初めて遭遇する臭いだ!「更に体調が悪くなった」

シジミの身が溶けている 「キャー!ゲェ~!」
鍋をいくら洗っても臭いがとれないよぅ~泣き
1週間立っても取れないよう~
団塊おやじもそろそろ、恍惚?

2006年08月07日

銀の群泳 さっぱり釣師のサッパ釣り!

先週から予定していた船釣は、梅雨前線北上のため、波浪注意報が出たため、近くの海釣り公園にでも行こうかと気軽に考え、餌の購入は朝の天気の状態を見てからという事で、早めに就寝する。「梅天打ち続く」もう直ぐ夏だ。少しの雨は涼しくなって気持ちが良いと自分に言い聞かせる。どんな事があっても、行くのだ。

 

 


銀の群泳」?…「サッパ」の事だ。レシピではママカリが一般的(岡山名物)だ。私は魚釣になると一生懸命だ。時間を忘れて没頭するから、初めての釣りでも吸収が早いと思っている。そして、夢中になるから、なぜか飽きるのも早い。それでも、高いレベルまでは、飽きずに挑戦するように心がけている。そして、釣った魚は美味しく頂くのだ。料理大好き人間だ。(他人に食べてもらって評価を聞くのが楽しみだ)さて、釣行の当日、やはり空模様が悪い、天気予報も午前中60%の確立で傘マークだ。降った時は降った時で考えればと、気軽な気持ちで望む。ここは「日明海釣り公園」早朝5:30に到着する。6時開園だ。遊歩道をゆっくり歩き、防潮提に入り、少し歩くと「ピシャッ!ピシャッ!」と海面から音がする。今日は雨天の為、魚が警戒せず近くまで寄っているらしい。近くにいた同年齢ぐらいの女性の方が、ママカリはどうやって釣るのかな?と、聞いてきた。私も来たばかりだ。この女性、私より先に着ていてまだ釣れていない様子「旦那らしき人はいない様子」ちょっと気になる。(^o^)「ママカリ」釣りに来たけど釣れませんとのこと。おいらナンパされるのかな???このような女性釣師が増えると良いな~!周りの男性は手取り足取り面倒見てくれると思うよ。今日は駄目なのかなと、思って竿を入れると、すぐにあたり2連~3連、中には6連も、やさしく(猫声で)私の横に来なさいよと…一緒に釣ることに、この女性も入れ食いじゃ!とにかく、手返しの早さが釣果に結びつく、流れ作業のごとく「お祭りさせずに、釣り上げるときに落とさない」この女性も、釣れ過ぎて大満足!半ば飽きたみたい。「ぶつぶつ言っている」ここが、おいらとの違い、おいらは、中途半端は嫌い、徹底的に釣って必ず食べるのだ!もちろん、必要以上の殺生はしませんが、美味しいものは、隣近所におすそ分けをするのだ。この女性が、どうやって食べるのか聞いて来た。「待ってました!真打登場!任せなさい。」他のことは駄目でも、釣りと料理になると「ネガティブなおいらも、ポジティブ」に返信するのだ。

 

料理は基本的に4通りあると講釈を垂れる1.南蛮漬け(素揚げ)衣も何もつけないで150℃で6分間(170℃で二度揚げ)ちょっと硬くなるが、骨もパリパリだ。(油のしつこさも解消)★ウロコを落とし、頭を取って、骨の多いお腹部分を切り取り内臓も出す。(頭は取らなくても好みで)2.南蛮漬け(小麦粉)工程は同じ(頭を取らない場合はエラを取り除きます)面倒だったらエラ取りしない。3.南蛮漬け(頭を付けたまま炭で素焼き)ウロコと内臓は取り除く(土佐酢などもOK)4.酢〆(三枚に下ろし、塩を降って30分)塩を洗い流し水気を取って2杯酢に漬けます)酢で洗うことも、あまり長く漬けない事(皮を手で剥ぎましょう)ママカリ鮨のネタにもOK!★団塊おやじ直伝のママカリ漬け用タレの作り方1.その前に緑の野菜とタマネギをスライスしておこう。(ピーマン、ニンジン)2.ママカリ50匹の材料に対して 土佐酢3合 カツオ一番出し1合 ミリン大さじ2杯、砂糖大さじ2杯~3杯(甘さは好みに応じて、すっぱいのが好きな方はカツオの出汁を少なめに)カツオの出し汁で調整する。3.これを一旦、沸騰させる。4.野菜と魚を交互にタッパ-に並べ、鷹のツメを入れて、この熱い南蛮酢をかけます。10分ぐらい上から重石をして味を染み込ませます。熱いうちにタッパ-の蓋をしない事。水蒸気が出て水っぽくなります.冷えてから冷蔵庫に入れましょう。釣って楽しいね、料理の趣味を持てば更に楽しさ倍増!夫婦共通の趣味が人生を豊かにする。

釣りの好きなお嫁さん募集中!

色は黒からず白からず、背丈は高からず、低くからず。

×2個(コブ)付いていても平気、やさしければ。

年の頃なら45~6なんちゃってね、
定年まであと、599日となった団塊「黄昏」おやじだ!







炊事、洗濯、掃除、とりわけ料理は一通り作る。食事の後片付けもお手のもの。その証拠に同居している娘が「トドになった」
これぐらい宣伝しておけば…おっと忘れていた。一番大事なこと、
「性格の良し悪しだ」これだけは人が評価するもの

2006年07月31日

環境保護財団「マリバー号の1日」

平成5年に「(財)タカミヤ・マリバー環境保護財団」を設立し、北九州市域内の河川・沿岸環境の保全を図るとともに、水生生物の保護・育成及び河川愛護の啓発活動を行うことにより、生活環境の向上と市民福祉増進に協力しています。マリバー号による河川・沿岸の清掃美化活動これまでに、ごみ収集車のマリバー号で北九州港沿岸一体の環境美化活動やマナーアップ活動を10年以上続け、さらに、釣り大会、水辺教室など市民活動への支援、振興に努め、美しいみなとづくり、賑わいのあるみなとづくりとして大きく貢献している。「限りある資源と自然を大切に」魚が育み、緑豊かな自然への道標政令都市北九州市は全国でも類を見ない、広大な海岸線(二百十数キロ)が自然と魚を育み、古くから漁業と遊魚が盛んであった。特に海岸線は関門海峡の雄大な潮流が多くの魚たちを育み、シーズン毎に旬の魚が食卓をにぎわしている。そんな自然を更に豊かにするため、海岸線の美化運動に取り組んでいるタカミタカミヤマリバー環境保護財団海辺の清掃スペシャリスト貫おじさんの1日を追ってみた。出発前のしっかり点検。さあ~!出発だ。左右確認安全運転でGO!

 

釣れますか?ゴミを持ち帰りましょうね。さっき、こんな魚が逃げたの…気さくな貫さんの一言が元気にさせる。

ここは響灘たくさんのゴミが集まりそう。

 

 

誰が集めてくれたのかな?

貫さん。一生懸命ゴミ拾い。 

貫さん。お昼ご飯です。 

さぁ~仕事仕事、今日も多くのゴミを… 

貫さんは、釣人と仲良し

ゴミ捨て禁止看板があってもお構いなし 






ここは若松沖波止です。北九州の海岸線は、テトラを入れている場所が多くこのテトラにゴミを捨てると、回収が出来なくなります。捨てられたビニール袋などがテトラに付着すると海藻や貝などの生育に影響が出ますので、テトラで釣をされる場合は、特にゴミ、タバコのポイ捨ては止めようね、半世紀に亘り、多くの釣人を魅了したこの釣場を未来の釣人に残しましょう。


貫さん。お身体大切に、釣場で貫さんを見掛けたら一声かけてください。

2006年07月31日

団塊おやじ薄い頭に照りつける太陽!


帽子が風に飛ばされて…
先日、釣りに行った時、強風で帽子が飛んで流された。夏の強い陽射しが容赦無く、薄いところを直撃する。頭のてっぺんを見るのが恐怖だ。
初めて太陽に晒しているのだ。「ここは脇田海釣公園」

ジリジリ焦がしている。頭を触っただけで痛い。今まで肌焼けはあったが、頭が焼けたのは初めてだ。

タオルで頬被りしておれば良かったのだが、タオルはアミの汁がついていたから、それも無理だった。

朝6時から釣っているが、なかなか釣れない、おいらだけだったら、すぐに帰るが、今日は、ほとんど初めて釣りをする部下を連れてきている以上、釣らせるまで帰れないのだ。


エサ取りが予想以上に湧いて釣にならない!
売店にパン粉を2度も調達に行く「釣はお金がかかる」

とうとうパン粉でクロの25cmを一匹釣上げることが出来た。やっと帰れる。

2日ほどして、頭の皮が剥げる。憂鬱だ!
「50肩、風邪、ヘルニア、育毛、腱鞘炎、血糖値上昇、肝機能、胃潰瘍、乗物酔い、」が治らないかな?この身体ではリサイクルショップも引き取らないだろう。
タバコを止めて健康管理に専念しょうと考えること数十回、止められない。周りは意志が弱いと笑っているが…
さあ、今日から始まった禁煙生活いつまで持つかな?

2006年07月28日

一人の夜釣りは怖い!背筋に生暖かい…


それは、盆前の蒸し暑い霧雨の静かな真夜中の出来事でした。1人でとある海岸にウナギ釣りに行った時のことです。長い真っ暗な防波堤をヒタヒタと歩くこと10分、こんな日はウナギ日よりだと、不安な気持ちを捨てる為、自分を勇気付ける。

現場は、埋立中の防波堤の一番先だ!竿を出して2時間ほどの間に、ウナギ2本釣上げ0時近くになったのでそろそろ帰るかと思っていると急に生暖かい風と背筋に「ツッッーと流れる生暖かいしずく」

風と潮の流れで「チリ~ン」と時たま聞こえる鈴の音とは違った、少し大きな鈴の音で竿先に目をやると、月に照らされた竿の穂先が「グイン~グイ~ン」と曲がりはじめ、どうも魚の魚信にしては?と思い合わせを入れるとズ~ンと鈍い重量感のある物体にかかったようだ。

やけに重い、中々糸が切れないが、確実に寄ってくる。
するとシーンと静まり返った静粛の波間から「チャプン、チャプン」と音が聞こえ、月明かりに藁の塊のようなまた、畳か戸板のようなものが僕に向って寄って来るではないか、なぜか急に寒気がしてもう、腰から下は走り出しているが、顔はその物体にくぎ付け、つまり「金縛り、心臓パクパク」

なぜかこんなときに子供のころ見た映画の「四谷怪談」で戸板がひっくり返り、お岩さんが現れる映像が頭に浮かんできた。近くには誰もいません。しかも、霧雨で薄っすらと靄が流れてきます。

最悪を想像していた小心者のおいらは生汗を垂らしながら、南無阿弥陀仏と言ったか南妙何とかと目をつぶって叫んでいたかは分らないが、道糸を切って、道具を片付けて一目散に逃げて帰り、それから、そこには二度と釣には行かなかった。「決して夜釣りは1人で行かない事、」

2006年07月25日

団塊釣師も、韓国ではケンチャヨ!


韓国の旧盆はラッシュ!ラッシュ!民族大移動だ!

今から十数年前のことです。ソウルに仕事で行ったとき、現地社員とアユ釣りに行くことになった。出発の当日は、旧盆だ。ソウルからキョンギ道を北上、カンウォン道の近くまで7時間も費やしたのだ。普通ならこの距離なら半分の時間で行けるはずだ。

38℃線まで数キロの地点に日本海(東海)に注ぐ大きな川があり、その川を中流域(アユの釣れそうな場所探して)を目指して北上すること30分適当な流れがあり、アユが生息しそうな場所があった。



早速ころがしで探るもなかなか掛からない、しかし、粘ったかいがあって「痩せっぽっち」の色白のアユが掛かったのでこれを囮に友釣りをするも何の当たりもない、どうも、シーズンが既に終了しているようだ。帰りが渋滞すると大変なので早めに切り上げかえることに、運転手の韓国社員○○氏は運転中に、「良くよそ見をする。」その都度注意をするが 「ケンチャナヨ」だいじょうV
「よそ見、下見、地図を見ながら運転」助手席にはブレーキがないが、おいらの足は常にブレーキを踏んだ状態で足が疲れた。ストレスで爆発しそう。


そして、こいつ危ないヤツだなと思っていたら、「キキキー!ドン!ガシャン!」

一瞬死んだか思った。追突だ!相手はおじいちゃん、おばあちゃんとその家族だ!韓国社員の○○氏はあまり叱られていなかった。

私は、言葉が分らないのでこんな時は死んだふりをすることに決めている。

「アジュシ ケンチャンスニカ?」兄さん大丈夫か?とか何とか言っている。加害者を心配しているのだ。弱々しく「ケンチャナヨ~」おいら死んだふりと、やや元気な姿と、どっちを見せる方が良いか悩んでいると、交渉はもう終わっていた。
「後で修理代は送金することで解決」

それからが大変だ、高速バスは至るところでひしめき合っているし、渋滞がソウルまで続いているようだ、300キロ近い距離を12時間もかけて夜中にソウルにたどり着く、しかし交差点のど真ん中でガス欠だ。車から降りて必死に車を押す。必死になったときの「バカちから!」スタンドまで車を押してヘトヘトだ!

「ハングサラミ」の言葉は、「ケンチャナョ」韓国は何が起こるか分らない…ハプニングの国だ!

それから、こんなことも、おまけ…
「アジュマ!ラーミョン チュセヨ!イェーッ!」
(おばさん  ラーメン   下さい    はあ~い)

待つこと3分(チョット早過ぎ)出てきたぞ、期待とは裏腹に
インスタントラーメンにカマボコ薄いものが1枚付いていた。オルマェヨ?(いくらですか?)チョノンだった。100円 価格は納得だが、入ったところは食堂だった。恐るべし!韓国ラーメン

2006年07月17日

5.30事件勃発!関門海峡 晴朗なれど、波高し!

ウゲ-!何じゃこれ!

 

今日は、知的障害者の方達に釣りを楽しんでもらおうと、我々フィッシング推進課の3名が指導員(インストラクター)講師を務めました。実に良く釣れて、みなさん大変喜んでいたのが印象的です。こちらも、すっかり興奮!つい、力が入って、「もう少しゆっくり巻きなさい」と口調もちょっぴり激しくなる。相手が知的障害を持たれていることを忘れるぐらいに、こちらも、一緒に楽しめました。そろそろ、お腹も減って…我々メンバーに「お~い!」昼飯にするぞ…海で食べるご飯は格別だ。食が進む大食いのマンボウさん。なにか物足りなさそう?ギンナンの富さんが新米のおにぎりを持ってきていた。自分の弁当とは別にそれを1個食べていたが、それでも何か物足りなさそう。それを察してかギンナンの富さんが、ザックからラップに包んだおにぎりを出してきた。見ると5色の色をして見たこと無い派手なおにぎりだった。「富さんの田舎では一村一品…?」「赤、青、黄色、ピンク」まるで夜のネオンクラゲ、魚なら外道のオンパレードだ!マンボウさん。このおにぎり「ふりかけ」でも付いていると思ったのではないか?「何か変?」それでも、マンボウさん。食い気満々(アブッテカモ)ですから、多少気にしつつも「パク!」と一口かじる。「ウゲ~!!!!」何じゃこれ! ペッペッ!これ、腐れている!カビが生えてる!おいらも笑い転げた。確かにどう見ても、「海苔卵がついたふりかけおにぎり」にしか見えなかった。そうなんです。このおにぎり、富さんが「先々週釣に行ったとき」ザックの底で「2週間カビと戦い糸を引きながら」、おねん寝していたのだ。この事件で被告のギンナンの富さんは「腐敗物陳列罪で逮捕」無期懲役が確定…被告は控訴を断念!しかし、胃拡張の被害者は被告に「汚名返上!名誉挽回」の機会を与え、「美味しいおにぎりを持ってくることで和解」して「仮釈だ」

2006年07月13日

沈黙のボラ師!若くしてボラ掛けに嵌る。
















 

高松から神戸に転勤になり、行く先々で新しい釣り友達ができるも、なぜか孤独が好きなおいらはあるとき、ボラ釣師に出会う。ボラ釣師の豪快にボラを上げる姿に感動する。「よし!この釣りを極めてみようと思った」

子供の頃に見たボラ釣りは、関門海峡で長い竹竿に道糸、ゴムのピラピラにボラ掛けの針がついた仕掛で竿尻付近に大きな石を括り付け「持ち重りしない天秤の工夫」竿先を上下に揺らして引っ掛ける釣りを見ていたから、おおよそどんな物か理解していた。

早速、長い竿を造ることを考える。押入れに入れていたアユ竿(グラス)7.2mを取りだし、これではまだ短いと考えこれを10メートルにする為にどうすれば考えたとき、「一瞬ひらめいた。」アユ竿の元に竹を継ぎ足して…

早速、須磨に住んでいたので、裏山に出刃包丁を持って竹と継ぎ口にする木を取りにいった。

竹と木を取ったのは良いが、誤って小指の先を出刃で切った。山から出て病院を探すも、中々分らなかったが、近くに警察署があり、「指切った!病院ないですか?」小指から血がたらたら、多分指でも詰めたのではないかと疑われたと思う、なんせ、「出刃包丁を持っていたから」、病院の後、警察で事情を聞かれ、容疑(銃刀法違反)が晴れて釈放だ。

これからが楽しい「ボラ竿造りと仕掛作り」
どちらも拘ることが釣師の生き甲斐なのだ。小指を怪我したこともあって多少製作に時間がかかり遅れる。それでも、好きなことになると、「腹へったー」とか言う暇もないくらいに夢中になるのだ。

早速出来たボラ竿を持って、電車に乗る。みんなジロジロ…とにかく仕舞寸法が1.8mあって、それにボラ箱(みかん箱より大きな木の箱)竿を置く二股の金具、箱は2段式自信の一品だ。

今日行くところは、明石の先にある林崎の堤防だ。まだ、2月の寒風の中、現場に到着すると現地のおじいさん数人がボラ掛けをしていた。「今はこのおじいちゃん達天国かな?」あれから三十数年以上経っているからね。

いよいよ拘りの仕掛、ゴムのビラビラ(赤、青、ピンク、など)、模擬真珠数個、針は鋭く鑢を入れる。
底取りをして、海底から10~30cmの間を穂先でゆっくり調子を取りながらボラを誘うのだ。この時季ボラは寒ボラと言って「目の周囲に脂肪」が付いて著しく視力が低下するらしい。故にゆらゆらする物に興味を示すそうだ。

竿先がフ~ッと浮き上がる。糸がふけた状態、あるいは一気に締めこむ、コツコツとゴムを引っ張る魚信、当たりは様々だ。穂先に集中すればちょっとした異変が読み取れる。

周りのおじいちゃんも釣っているが、おいらが一番釣った。何しろ25歳だ!おじいちゃん達みんなビックリしていた「若いのに…」
このボラ釣りもう一度、やってみたいな…それぐらいおもしろいのだ。「これも消へゆく伝統の釣りなのか」
このボラは味噌漬けなどにして保存食として家計を助けたことは言うまでも無い。

2006年07月12日

会社の慰安旅行をサボって魚釣り!

 

会社の慰安旅行をサボって魚釣り!「若さって言うのは時には非常識なことをするのものだ!」ずいぶん昔になるが、毎年一回社員の慰安旅行があった。前日まで旅行に行くと言っていたおいらが、突然当日の朝、竿を担いで洞海湾入口に位置する赤灯台(一文字)で釣りをしていたのだ。携帯などない時代だから、おいらに連絡が取れない、自宅に電話をしても、おふくろ、おやじにも何も言ってないので分るわけがないのだ。どうやら社員を乗せたバスは我が家まで迎えにきたようだ。当然みんな激怒!何で慰安旅行をすっぽかしてまで釣りに行ったか…当時、この一文字はカレイが良く釣れた。当日も朝から正午までに石カレイの「30cm~45cmが19枚も釣れた。」両サイドに釣り人がいたが、1~2枚程度しか釣っていない。あまり釣るものだから、おいらの仕掛を見に来たぞ(秘伝の手作仕掛)それよりも会社の人達に心配をかけたおいらは、どのようなウソ(言い訳)をと、考えるが何も浮かばない。こんな時、寂しい顔をして昨日は申し訳ございませんと…ヤメレと言うのならケッ捲くる覚悟だ!上司が申し訳ございませんで済んだら、「○○は要らんわいと」、まくし立てる。こんな時、最後の手段は泣くことだ、女性ならまだしも、男が女々しいぞと、思われるかもしれませんが、これが良く効くのだ。過去に何度か試してみたが、100%成功だった。でも、アウトロー的な一匹狼では生きていけないことが徐々に分ってくる。それ以来、こんなことをしていたら駄目だと誓うが…それもつかの間おりからのボーリングブーム、ある日、悪い先輩社員に連れられて昼休みにボーリングに行くことになった。たった30分ぐらいで何ゲームするのと思ったが、みんな夢中になり昼休みを過ぎてしまった。会社に戻るなり、社長からカミナリのメガトン級が落ちる。そして、こっぴどく叱られる。それからですね、猛省したのは、このことがあってから、この悪上司と少し距離を置くようになった。会社にとって必要な人間になろうと思うようになり、好きな釣りも仕事優先に考え、自粛した。出張も進んで行ったものだ。その内、周りの先輩は会社を辞めていく…昭和42年頃の出来事だ!

2006年07月12日

韓国チュチャ群島へいざ!

韓国チュチャ群島へいざ!もう、20年以上前のことです。この頃は、まだ元気があった!良く働いたご褒美に、某ウキメーカーの○○さんと、チヌ釣で有名なインストラクターの○○さんを含め総勢十数名の団体で、初めて韓国へ釣行する。(私は初めて海外)福岡空港から、フライト、韓国済州島に到着するも、これからが大変だとは微塵も思わなかった。今からヘリコプターに乗りますと、突然の案内に「青天の霹靂」おいらは初めての乗り物に恐怖を感じるのだ。(死後硬直)小さなヘリコプターなので一度に全員を運べないらしい、おいらは、最初をパスして次の便に乗りこんだ。「確かに狭い、振動もすごい」20分程度揺られ着いた所がチュチャ群島だ!ちゃんと、ヘリポートがあり、バスも通っていた。平然とした顔をしていたけど、内心はハラハラドキドキだ!全くの韓国語がわからず、近くに、せりを摘んでいたおばさんに、話し掛けると、少し日本語が出来るので気持ち良く笑顔で応えてくれたのがとても印象的だった。もちろん、韓国のポーターさんが付いていたので安心ですが…とにかくみんなでバスに乗って、港まで行くことになりました。バスの中は小中学生が乗っていて、みんな、みように元気な顔をしていたのが印象的だ。某ウキメーカーの○○さんが、バスの中で学生にウキをプレゼントしたぞ、おいらが欲しかったニダ。漁港に小さな釣具屋さんがありましたが、オキアミが日本の4倍ぐらい高く、日本からわざわざ運んで正解だった。韓国ではオキアミは、まだ多く流通してなく、貴重なものだった。翌日、各グループに分かれて漁船に乗って瀬に渡ることになった。日本のような舳先に手すりなど付いておらず船足の遅い木造船だ。私立ちのグループは、弟と、韓国の釣人2名で大きな瀬に上がる。私はスパイクなしのブーツで瀬に飛び移った瞬間、ズルッと滑り、必死で岩にしがみつく、ここは海苔がびっしりと生えていて、つるつるの状態だったのだ。何とか事無きを経て、釣ることになったが、韓国の二人の仕掛を見ていると、どうもイシダイ釣りをするらしい。私は1.5号の磯竿でフカセ釣り、釣れる釣れるメイタが釣れる。こんなに遠くに来て、「メイタニダ!困るダニ。」夜が明けて海を見ると、川のごとく「ゴウゴウ」と音を立てて、流れているではないか、落ちたら先ず助からないことを自覚して、瀬際に近寄らないように、自分に言い聞かせる。それでも滑る。韓国の二人は、イシダイ40センチ前後をバンバン釣り上げていました。餌はバフンウニで投げ込むと同じにピクピクとアタリがあります。3時間ぐらいで韓国勢はイシダイを15枚、私は25cm~30cmのメイタを16枚ダニ、これではまずいと思い、弟がイシダイ釣りに使用していた磯竿を拝借して、イシダイ釣りをして、あたりに合わせを入れると、「ボキ!」折ってしまったニダ。(泣き)昼頃になると韓国の釣り人が、鍋にラーメンを作ってくれて食べないかと手招き、言葉はちんぷんかんぷんだが、一緒に食べないかと言っているらしい。「食べた事が無いラーメンだ。むちゃくちゃ辛かった。今思えば辛ラーミョンだった。」やや打ち解けるも日常会話は全く無理、釣り事なら、なんとか理解がお互い出来るようだ。いまなら、私も「アン二ョンハセヨ」チョムベッケッスムニダ チョヌン○○ラゴハムニダ・アジュシヌン、ナクシチャラシネョ!「チョンマネョ」ぐらいは分るようになりました。この時は、ケンチヤナヨ!が「ケンチャンが何」に聞こえたぞ。モグセヨが「モグサ」に、マシッソヨが「まあ質素よ」に聞こえ、大したこと無いラーメン?と解釈した。外国に行ったら言葉の少しは、勉強して理解した方が旅行は10倍楽しめますね、さて、二日目は、弟と二人で別の磯に上がることになりました。マキエを撒いて待てどアタリはなし!とうとう痺れを切らし、裏側のワンドで釣り始めると、タナゴが数匹、その後、45センチのグレが2枚、チヌ竿で釣り上げたから良く引きました。宿に帰って皆さんの釣果を聞くと、殆どが小さなタナゴやアブラメで貧果であった。日頃、「ブイブイ」言っている皆さんも、同様に釣れていませんでした。釣りは運も味方する。それから数ヶ月して、済州島からチュチャ島を往復するヘリコプターは墜落したと聞きました。当時の韓国は恐ろしいニダ。喫茶店では見ず知らずの中年のおばさんが横に座るし、何やらしゃべっている。「ウン、ウン」とうなずくとコーヒーを持ってきた。おいらのではなく、自分のだ。なんだこりゃ?わけわんね~!結局コーヒー代を支払う羽目に日本人は人がいいから、つい!…それとも下心…弟を忘れてた。。「坊主」ダニ。

2006年07月10日

48年前にタイムスプリップ 

「子供ながらに下心…^^;」小学校4年生の頃のお話です。おいらに、少し色気が出てきて、異性を意識する年頃になったのだ!毎日外で遊んでいたおいらは、真っ黒に日焼けしていた。そんなある日、クラスの女がひそひそ話をしている内容をキャッチする。どおやら、今度の日曜日に動物園に行くらしい…と、言う事はおいらがホームグランドにしている池の横を通ること間違いなしだと、子供ながらに「カッコイイ」ところを見せようと考える。 おいらのクラスに、ぼくちゃんよりずいぶん「はるかに」頭が良くて可愛い子がいた。確か、かおるちゃんだったと思う…子供ながらに、おいらに気を引かせる為には何をすればいいか考える。「よし!一番の特技は魚を釣ること」、これしかないわけで、これで驚かしてやれと子供らしい発想?で準備をする。「子供ながらに狩猟民族とはどれだけ多くの獲物を持ち帰るかで、男の価値が決まる」なんて思いもしないが、身体の血が騒ぐのだ。翌日、朝からこの池に生息している川ハゼ釣りをする。竿は竹を切った1.5m程度の物「釣れる、釣れる、どんどん釣れる。」♪♪86匹まで数えていると、クラスの女の子がちょうど通りかかり、私を見つけるなりよって来た、「この子は問題外」何が釣れてるの? 「ウン!ハゼを86匹釣ったよ」と、誇らしげに言うと 「ふぅ~ん」と余り興味がないみたい、本命のかおるちゃんは、土手の上から表情一つ変えずタダ見ているだけ、「こりゃ駄目だ!」思惑が外れてもうた。汗「それなら勉強して勝負だ!」と一瞬だけ思ったが、切り替えが早く、その足で動物園の裏山からフェンスを乗り越え「不法侵入」夕方まで動物園の中で山桃獲りだ!

 

 

 

そして、翌日も勉強を忘れ遊び三昧の日々を過ごした「少年期の黄昏チョイ悪おやじ」でした。 しかし、人生は長くもあり短くも感じる今日この頃ですが… 48年の歳月が流れても初恋の人の面影がほんのりと脳裏に浮かびますが、顔立ち「目、髪型、」が想い出せません。2度目の初恋であれだけ強烈に焼きついていたのに、永い年月で風化したのかと思うとちょっと寂しくなります。「団塊おやじ最後の花を咲かせましょう!」

2006年07月06日

呪われた夜釣り

 

呪われた夜釣り四国の高松に住んでいた頃、子供も1歳になり何となく落着ついた生活が出来るようになった。ある時、家内と子供を釣れて鳴門の堂の浦に夜釣りに行くことに ♪途中海岸線に活き魚料理を食べさせる繁盛しているお店があり、ここで食事をすることに、なぜか「サザエのつぼ焼き」に目が止まり急に食べたくなった。注文して待つこと10分美味しそうな??つぼ焼が出てきた。蓋を取って食べようと口に持っていくと何か変な匂いがする。「小さい時から食い物には敏感なのだ」でも、「もったいない」からが先に立ち食べてしまったのだ。家内は危険を察して一口も手をつけなかった。食事も終わり走ること30分で堂の浦の釣り場に到着、早速仕掛を作り(グレのミヤクづり)釣り始める。最初にブルブルと魚信があって上がってきたのはハコオコゼ(危険な魚とは百も承知)針を外そうと魚の口元に指を持っていくと、その瞬間跳ねたハコオコゼのトゲが右指のツメの間に刺さる。直ぐに激痛が走る。今度は左の手で外そうとすると、又跳ねて左人差し指の間に刺さる。ウォー!痛テェー!(泣き)今度はお腹が急にゴロゴロしだした。いつもと違って痛い(多少変なもの食っても免疫が有るのだが)しかし、この場合は違った。両指はズキン!ズキン!疼くし、お腹は痛いし、すっ飛んで帰ったのだが、妙に喉が乾く、冷たい氷水をごくごく…ごくごく…夜中もごくごく…氷水5959朝方になると猛烈な腹痛だ。顔面蒼白で這いながら病院にかけ込む。途中で幾度か漏らしたかも…「診断は食中毒」半腐れのサザエのつぼ焼が絶対的原因だ!食い意地のはったおいらが悪いのか…それ以来その食堂には行っていない。夜中の氷水も恐怖だ!でも、喉もと過ぎればなんとやら、既に過去の苦しみを忘れ、ひたすら、「アイスクリームなあ~ぃ!」夜中に叫ぶのである。恐るべし!「黄昏」団塊おやじ

2006年06月26日

チョイ悪おやじの青春時代

 

19歳ウナギの想いで…うなぎ美味しこの海…やさしいチョイワル青年の釣り日記昭和42年社会人になって2年目を迎え、仕事にも若干なれ、先輩社員にも可愛がられる。仕事が面白いと言うより緊張の連続だ!初出勤のその日から荒縄で荷造りの仕事をさせられる。独特の縛り方があってなかなか簡単には覚えられない。負けたくないという思いから、荒縄を少し貰って帰る。「言っておくけど縄遊びは大好きだ。」縛り方の練習をするためだ。夜遅くまで練習した甲斐があって、入社2日目から荷造り業務ができるようになった。しかし、一番苦手なことがあったのダ。それは挨拶だ、お得意さんの店回りを先輩社員とするわけだが、店の入口のドアを開けるなり、「毎度どうもありがとうございます」の一声でお店に入るのだが、この言葉がなかなか出てこない、元々恥ずかしがりやだったから尚のこと難しかった。「どうもが無ければ言いやすいのにと思っては見たが…」それでも、半年ぐらいで、「ちわっ!毎度ありがとうございます。奥さん毎日暑いね…」最近仕入が少なくなったけど、内からも取って下さいよ、上方からこんな新製品がありますよ…何て言いながら商売をしていました。それでは、本題に…この頃は情報と言う情報が非常に少ない時代だった。自分の足で釣り場を歩き洞察力と勘で釣り場の開拓をしたものです。あるとき、下関の竹の子島に釣りに行った帰りに、南風泊港のバス停でバスを待っているとき、港内で浚渫船が海底を掘り下げている光景を目にする。このとき「一瞬思った。」海底を掘り返すと言うことは、魚の餌となるゴカイ等が一緒に掘り起こされ、「魚が活発に餌を追う」そんな姿が眼に浮かぶ、早速、次の土曜日に夜釣りでウナギ狙いの釣行をすることになった。車を持っていない時だから、電車で下関駅までいって竹の子島までバスで行く長時間の行程だ。昔は時がゆっくり流れていた。この南風泊港はイリコ等の加工場があったので当然ウナギなどが居付いているとも思っていました。南風泊港に着く頃にはすっかり陽も落ち暗くなっている。誰一人釣りをしていない 「しめしめ」早速準備を行う。給料も手取り壱万ちょっとだったので投げ竿やリールが買えるわけが無い、缶詰の缶に道糸を巻き、5~6個用意する。竹を細く割ったものの先に鈴をつけて魚信を待つのだ。狙い通り、70センチ~の大うなぎを19本釣り上げ、思わずヤッター!「うなぎ美味しい、かの海~♪」何て歌まで飛び出した。 このウナギの大半は、自分で捌いて毎日朝早くから、夜遅くまで汗水たらして働いていた先代社長に持っていったのだ。社長が喜んだのは言うまでもない、でも、仕事では全く甘くはなかった。むしろ厳しかった気がする。その先代も亡くなられて14年の歳月が流れ様としている。私もいつか黄泉の世界に行ければ三途の川で先代と、ウナギを釣って一緒に食べれればと思っている。

 

2006年06月21日

始めての電動リール 恥、笑

始めての電動リール 恥、笑50年近く釣歴のある私が、唯一苦手にしている釣りがある。それは船釣りだ!私は船酔が激しく、25年前に何度か船釣りに挑戦したがことごとく撃沈だ!船釣りと聞くだけで恐怖心に囚われるのだ。{_}





そこで、つい最近の出来事を紹介したい。恥を偲んで…釣業界で仕事に従事するようになって永い永い歳月が流れた。第一線で社員を指導する立場に立ったこともありますが、今まで私が電動リールを使用したことが無いとは誰もが思っていないだろう。また、船酔を克服せずに何とかここまで生き延びてきた自分を誉めてやりたい。多分、社員が聞いたら驚くと思うよ、○○部長が電動リールの実務経験が無い…なんて「ありえない~!?なんてね」弟に誘われ、沖釣りに行くことになった。そして、いつか行こうと思い電動リールは1年前に買って使用せずに部屋の隅に、これを引っ張り出して、説明書を見ながら理解しようとするが難しい。頭の中では理解をしたつもりだが…

前日に乗り物酔いの薬を買って、早めに就寝、もちろん酔い止め薬もアンプル、錠剤と2種類も飲んでしまった。しかも、薬の服用は4時間以上空けることと、表示されていたが、3時間の間隔で飲んだのだ。やっぱり気分が優れない。「みなさん。決して真似しないでね」いよいよ某漁港から社員と一緒に仕立ての船で沖釣りに出る。いつもなら、現場に着いた途端にゲロゲロなのだが、至って気分が良い、電動リールも初めてにしてはうまく使いこなせている。すっかり自信がついた。気分上々だ!そんなとき突然、船頭の荒っぽい声が耳に入る。 「上げれと言ったら上げなよ!」


始めての電動リールで始めての沖釣り、ルールなんか誰も教えてくれない。船頭も私が色が黒いから、ベテランと思っていたようだ。つまり、魚群探知機で漁礁(瀬)を探しながらピンポイントで釣っていくらしい、船を立て直すとき移動の合図がわからずモタモタしていた時に、「コラー!だもんね」、おいらの方が明らかに年上だ!年上を大事にしないと、コノヤロー!と一瞬思いましたが、「終わってみれば船頭の勝ち!」魚を釣らせた船頭が正義なのだ。この時は船中2番目の釣果だった。それから、すっかり自信をつけた私は、二週後に沖釣りに行くことになった。要領を得た私は、船中トップの釣果と記憶している。今までのネガティブな(船釣)自分から開放された気分はサイコー!

2006年06月16日

アオリイカ情話(情けない)

 

 

 

 

 

まだ現在みたいにエギングが流行していないときの話だ。職場の部下達がアオリイカ釣に嵌る。そんなに釣れるならと、お供をすることに、場所は岩屋漁港の中波止です。仕事が終わり浮き立つ心を押さえつつも、釣になると嬉しいのだ。


すっかり日が落ちた波止にぼんやりと外灯の明かりが海面を照らしている。ゆらゆら揺れる海面は幻想的だ。「街の灯りがとても奇麗ね横浜な~んてね」余り見つめていると海に引きこまれそうな幻覚に陥る。釣場は部下と私の二人だ。初めてのエギングいくらかの情報は頭にインプットしてある。磯竿で投げて大きくシャクルと書いてあったが、部下はシーバスロット?明らかに違っている。どちらが正しいかよく分らないが、がむしゃらに投げるが一向に釣れない。そうこうしていると部下がゲット!今でいうコロッケサイズでした。う~!悔しい!…いくら投げても音沙汰なし、部下に又ヒット!今度は大きそうだ。「ブシュッー!ブシュッー!」と音が聞こえてきた。海面を覗くと胴寸35cmは有ろうかという大きなイカだ、玉アミで救い無事ゲット!この部下は魚を食べたりすることに余り欲のない人と認識しているので、ひょっとしてこのイカをおいらが戴けるのかもしれないと、密かに期待していたのだが、ボーズのおいらにくれたのはコロッケサイズの方だった。ムム…この部下大きい方を差し出せば近い将来…昇進?だったのに…


それでも、初めてのアオリを食べられるとあって012時を回っていたが、美味しいと噂のアオリを刺身にして食べた。とにかく美味しいかった。それからイカ釣にチョットだけ嵌ったが、未だに500gが最高で、まだ3杯しか釣っていない。死ぬまでには、キロオーバーをゲットしたい。因みにエギングのロットは、「ダイコウ、ガマカツ、ダイワ、マルキュウ」いずれも3万円以上だ異状?その内2キロのアオリと物物交換も考えている。エギも未使用が50個はある。仕事がら、東西南北出張で鹿児島に行けば地元で販売されているエギを購入、新製品が出れば買ってみる。しかし、釣行は年間3回程度だ。時間が取れるようになれば毎日でも行きたいと思っている。その時は2段シャクリをする体力があるか分らない。トラワヨ釜山港でナクシ(ハングルでナクシは釣りを意味するらしい)泣く師って?(ナクシッテ)は釣り竿のこと、釣り竿をナクシッテ…無くしてないジャン!と、あほなことをぬかしている初夏の昼下がり、熱射病になりかけ水分補給が必要な黄昏団塊おやじだ!


カムソンドンナクシ(チヌ釣り)に行ったときの思いで…ボロボロダニ一度は釜山近郊の磯で釣がしてみたいと考えていた。仕事の都合で韓国には何度も渡航している。韓国に店舗があるのだ。韓国ポイントダニ!噂では、その昔チヌ入れ食いらしい…あくまで噂韓国の社員に釣を指導する為に釜山近郊の釣場に釣行計画を立てる。場所は韓国釣雑誌に良く出てくるダテッポという場所らしい。早朝に渡船場に着くと平日にも関らず既に30人程度の釣人が並んでいる。]「ざわざわ、♪ぺちゃくちゃ♪ずいぶんと騒がしい」この辺は日本の釣人と違うのだ!その内、相撲をとりだした。ひっくり返され泥水に浸かっても平気なのだ。国民性、文化の違い?びっくり仰天だ!危うくおいらも巻込まれるところだった。あぶねぇー何もしゃべらなかったら「イルボンサラミ」かどうかは分らんダニ。だからおとなしくしているニダ。クリゴ、出港時間となって船に乗りこむのだが、船に行きつくまでに落ちるのではないかと思うほど狭い桟橋を歩かなくてはならない。木造の幅50cm程度の桟橋を50メートルほど歩いたところに船を係留してある(多分干満の差が激しいからと思う)「ぺ」が出向して20分帽子岩(モジャの形をした磯)を過ぎて直ぐの瀬に上がる。見るからに釣れそうだ。早速九州で鍛えたコマセを造り、撒餌を撒く何も釣れない、エサ取りなし、多分4月の初旬で水温が低いせいだろうと考える。「「イイシゲ」」が立ち、やっとメバルの「オウcm」程度が「イイマリ」、それでも頑張って釣っているとメイタクラスが立て続けにイイ枚上がる。それを見た近くに居た韓国の釣り人が我々の下に入り込んで「ナクシカダ。」ちょうど我々の下は潮が引いて「イルm」ぐらいの幅で岩場が出ているのだ。狭い窮屈な所に5人のナクシッテが交互に、「マル」が分らず只、黙認だ!でも釣法が違うので相手は全く釣れないニダ。それでも頭にきたから、笑顔でアジュシ アン二ョンハセヨ するとネエー!だって、そして「ケンチヤナヨ~ケンチヤナヨ」だって、アニヨー!と言っても、最初に笑顔だったのでバカにされてるみたい?イルボンなら考えられない…恐ろしいニダ。とにかく魚が居ない、小魚もお留守だ。]モグされてしまったインニカ?ハングル辞書を持ってきて要解読

2006年06月12日

フィッシング推進課の梅雨グレ最前線

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小倉沖の馬島(大岩)の熱い梅雨クロ

対馬の大ボラ十数本ゲット!これが元で腱鞘炎に腱鞘炎から50肩に発展(リーチからスーパーリーチに発展なら嬉しいが…)約3ヶ月、現在も右肩に激痛が…痛いよ~(泣き)
「やらねばならぬ、やらねばならぬマンボウ殿!」肩に激痛が…!これも仕事の一環と思い課のメンバー3と店舗社員で梅雨グロの取材を敢行することになった。課のメンバーが揃っての釣行は初めてのことなのだ。

グレも産卵後、体力回復の為、春から初夏に向かう梅雨どきに最も釣りやすくなる。一昔前グレは脂の、のった寒グレが旬のメジャーな釣として認知されていました。しかし、ここ数十年の間にマキエサにオキアミが主体となってから、梅雨グレ特有の臭味が薄れてきたこともあって寒グレ釣に劣らず、人気の釣りなのです。

確かに寒グレ特有の脂はのってはいないし、臭味が多少は気になります。(多分生息場所によって違う?)でも(サシミ・炙り・煮つけ・ムニエル・フライ・味噌焼き・塩焼き・お茶漬け)等など、たくさんの料理法があります。

今回は、久方ぶりにフィッシング推進課のスタッフ3名と、ポイント小嶺店の後藤さん。赤坂店の若武者甲斐さんを加えて5名で北洋丸に乗って、北九州近郊の渡船で行く釣場で「梅雨グロ最前線バトル」誰がキングか?マンボウさんに挑戦だ!釣は実力通りには行かないことを証明してやる!この心意気だけは誰にも負けないぞ!(みんな、そう思っているかも)いや、燃え上がっているのはおいらだけだった。

この時季のグレは、水温上昇とともに活発に餌追い、かなり上層で食い出す。それだけにエサ取りも活発に数も半端やない、そんな悪条件の中、形の良いグレをゲットするには「仕掛やコマセワーク」に拘りと状況に応じた
臨機応変な対応が釣果を左右する。

特に、この時季の朝まずめは、大型が当たって来る場合が多く、それなりのタックルで望みたい。また、潮によって釣果が大きく変わるので「満潮、干潮、潮の流れ、大潮、小潮」などデータ-の収集も釣果を左右するツールと言えます。
最も釣りやすい梅雨グレと戯れ、場数を踏んで釣法を学び、寒グレを攻略の為の技術を習得することを、お勧めします。


さて、早朝4時30分に若松響灘の岸壁に北洋丸(090-2003-1680)が定刻通りに迎えに来ました。マンボウさんから、今日は、馬島の大岩に上がるという。大岩???知らない。初めての場所だ。初めての場所はポイントがなかなかわからないが、釣場を見ると瀬際に藻がびっしり生えている。足元の竿1本先から切れ込んでいるようだ。

まずこの時季は、お決まりのアオリタイムを敢行する。3人が仲良く一匹づつ(500g前後)
全員の竿が交互に曲がる。30cm近いグロは、藻際に突っ込み抜け出てこないのだ。
何匹ばらしたか分らない、それでも、藻の中から引き釣り出すことが出来れば28cm~30cmのクロがゲットできる。全体にクロの形は手のひら~30cm前後といったサイズだ。

クロも入れ食いだが、それ以上にサヨリの大群だ(形は30cm前後)それ以上のサイズもいるようだ。今日はクロ釣だから、サヨリ釣りの仕掛は準備していないのが悔やまれる。
良く釣れるものだから、予定より早く撒餌が底をつく、しかたなくマンボウさんの釣りを後ろから拝見、釣り場を舞台と考えているマンボウさん。ムダな動きがなくいつでも臨戦態勢でカッコィィ!これを真似することは難しいので諦める。
マンボウさんが、これリリースすると差し出したクロは私がクーラーにせっせと溜め込んだ形より一回り大きい、2つ返事で捨てるなら頂戴、「団塊おやじ」は「もったいない」で育ったから、カラスもトンビも見向きしないフグが落ちていても拾って帰りたい気持ちになるのだ。
甲斐さん。グレ30cmゲット

この釣果は私一人の釣果です。撒餌がなくなったので、
11時過ぎには釣りをやめていました。
25cm~30近いグレが8枚手の平大も、持ち帰ったので台所は戦争状態だ!

甲斐さん。大物とやり取り開始!でも藻に入られ逃す。
30cm前後のグレのアタリらしきもの多数あるが、
大半は藻に入られ出てこない。獲れない環境なのだ!
藻の中から引きずり出す為には、強引に引くと針はずれや、ハリス切れなど発生。
それでも何とか藻の中から引きずり出せは゛30cm前後の良型でした。
甲斐さんが掛けた魚の正体不明だが、チヌかも知れない。結局藻の中に入り獲れなかった。

マンボウさんの梅雨クロ最前戦(実釣篇)

1.梅雨グロのポイントは?
梅雨はクロを初め色々な魚の活性が上がってくる時期。
クロのほかにもエサ盗りと言われるアジゴやスズメダイも元気になってくる。

その中から、クロ釣りのポイントを見つけるにはどうするか?
1番は実績のあるポイントで竿を出す事。
なんだそんな事かと思われるだろうが、実はこの事が一番大事なのである。

海はどこも同じように見えるが、塩分濃度や潮流・底質の関係で生息している魚がかなり違っている。
クロは磯やテトラ等、海藻がついて小動物が棲み、また隠れる場所がある所に多く棲息している。

したがってそういう所は、昔からクロ釣りのポイントとして名が取っているので、そういう場所に釣行するのが1番なのである。

北九州で言えば、藍島や馬島の磯や波止、南風泊の波止や若松一帯の波止、波津の波止などがある。
全国各地にクロ釣り場として名を馳せている場所があるので、まずはそういうところへ釣行してほしい。
2.エサ取り対策
クロ以外の魚の活性も高くなってくると書いたが、ではそんな魚たち(エサ盗り)の中からクロを釣るにはどうすればいいか?
まずマキエだが、クロ釣りのマキエと言えば、沖アミにクロ用の集魚材を入れるのが一般的だ。

アミ(ジャンボ)はこの時期、入れない事が多い。
それはアミの集魚力は非常に高く、特に小アジ類を多く呼び寄せてしまう。

魚の活性が低い時期にはアミを入れるのは有効な手段だが、この時期に入れてしまうと、あたり一面小アジだらけという事になってしまいかねないのでお気をつけを・・
この沖アミと集魚材にパン粉を追加する。
沖アミ1角に集魚材1袋、パン粉1㌔を混ぜ、これがだいたい3時間分の使用量だ。
1日の釣りの場合、このセットを3セット用意する。
梅雨も本番になると、もっと水温も上がり小アジの活性がさらに高くなる。
こういった時は、沖アミの量を減らしパン粉の分量を多くする。
真夏になるとパン粉のみのマキエも使用するが、この場合はグレパワーなどのニンニクの臭いの強い集魚材を少し入れてマキエを作る。
こういったマキエだと始めのうちはアジも寄ってくるが、マキエの中に食べられる粒状のものがあまりないため、そのうちどこかへ行ってしまうことが多い。
そのうちにニンニクの臭いをかぎつけたクロが集まってくると、小アジを追い払ってしまう。

ツケエサは沖アミの生で良いが、MサイズとLサイズの2種類を用意する。
Mサイズの沖アミは魚の吸い込みは良いが、エサ盗りには弱い。
アジは一旦吸い込んだエサを吐き出し、丁度いい大きさになったところで吸い込むので、アジが多い場合は大きめのツケエサを使うと何度か吐き出すうちにクロの口元にエサがいく場合がある。
この他、小ケブ(砂ゴカイ)は夏期には準備しておきたいエサだ。
小ケブを1尾ハリにつけて釣るわけだが、夏の水温が上がった時期にはクロも動物性のエサがいいらしく、良型が釣れるエサとなる。
小ケブは活きのいい物ほど良く、だらっとなった物は極端に食いが落ちる。

その他のエサとしてはフナムシがエサ盗りに強い特効エサとなる。
活きのいいフナムシはアジはあまり興味が無いらしく、クロばかり喰ってくる。
ただ難点は、自分で捕まえなければならないのと、動きが素早いのでハリに刺しにくい事、そして中には気味が悪いとさわれない人がいる点だ。
最後の手段はパン粉。
パン粉に少しだけ水分を入れて団子にする。
通常はパチンコ玉大だが、エサ盗りが多い場合は直径2~3㌢くらいのダンゴにする。
この大き目のダンゴだと、途中でエサ盗りにつつかれても残って下のクロのタナに行く。
水加減が結構難しいが水の中で少しずつばらけるように、そしてエサがしっかりと残るくらいの硬さにする。
これらがエサ盗り対策だが、釣り場に着いたらまずマキエをクロの姿が確認できるまで撒いてみよう。
時には30分や1時間もマキエだけをする事があるが、そうやって出てきたクロはエサ盗りを蹴散らして釣れ続けるので一度試して欲しい。

3.浅棚で食ってくる場合が多い
この時期のクロの特徴として浅いタナ、特にマキエには水面まで浮いてくる事が多い。

マキエをうつと、ピチャ!ピチャ!と水面に水しぶきが上がるのは小アジなどの小魚の場合が多いが、クロの場合はボコッという音とともに丸い波紋が残る事が多い。
この丸い波紋の大きさでクロの大きさを判断するわけだが、近場でも30㌢を超える良型が水面まで浮いてくる。
この波紋が出来だすと、固定の2段仕掛けでウキ下を浅く(1ヒロ以内)して釣る。

釣り方はまずマキエをうち、その先に仕掛けを投げる。
糸フケを取り仕掛けをマキエを打った位置に引き寄せながら次のマキエをウキにかぶせる。

この釣り方だとすぐにアタリがあるが、アタリが出ずにエサが取られる時はウキ下が深い証拠なのですぐにウキ下を30㌢くらいにして釣ると一発で食い込んでくる。

良く小さなクロの下に大きなクロがいるから小さなクロをかわそうとする光景を見受けるが、マキエで活性が上がったクロは小さいサイズも大きいサイズも性格は同じようになっている。
ただしマキエに反応するスピードや瞬発力がかなり違ってくる

マキエを打ったときに出る波紋の中で一際大きな波紋はどの時点で出るかよく観察して欲しい。
たいていの場合、マキエが着水した直後に出る波紋が一番大きいはずだ。
この1番大きい波紋にタイミングを合わせて仕掛け(ツケエサ)を入れるとその群れの中の一番大きい魚が釣れるわけだ。
さてマキエをうった直後に出る波紋に対してどう対処するか。

その釣り方を解説してみよう。
★ハリにはツケエサをつけて準備しておく。

★そしてまずマキエを1発ポイントに投げる。

★すぐに仕掛けをその先に投げる。

★そして仕掛けを片手でそのマキエの位置に引き寄せながら、同じ場所にマキエを入れる。

★この仕掛けを引き寄せたタイミングとマキエがバッチリ合った時、一番の良型が竿をひったくっていくだろう。

梅雨グロは数釣りが可能な時期。
この数釣れるクロの中からいかにして良型を引きずり出すかがこの釣りの妙味とも言える。
さあ、近場でも30㌢オーバーのクロが狙える時期、マキエをバンバンうって良型を引きずり出そう。

2006年06月06日

団塊チョイ悪おやじも、今日はチョイ良いおやじ!

ママカリ釣り(隣のママ借りたら、旦那が怒る)じゃ、なくて…美味しくてご飯がなくなり、お隣から借りてくるぐらいに食がすすむと、言うぐらいにママカリは美味しいのだ!~~ママカリは地方によっていろいろな呼名があるようです。標準名はサッパ?ヒラなどと言っているようですが、ヒラという名前の魚は別にいるらしい。~さて、私がママカリ釣をしたのは長い釣人生の中で初めてのことです。この釣も、自らが好んで釣行したわけではありません。障害を持たれている方達に海の自然と、魚釣の楽しさを伝える為に指導が出来る方を探されていると聞きまして、それなら私達がと言うことで「マンボウさん・団塊おやじ・もりやん」の3人で釣行に至ったわけです。障害を持たれている方には屋外活動する場合、いくつかクリヤしなければならない条件があります。まず安全で、トイレが完備されている場所を探さなければなりません。この条件をクリヤするところを探したら、北九州の日明海峡海釣り公園でサヨリが釣れているという情報を入手、前日に下見に行きました。ボツボツサヨリなどが釣れていて海面も小魚でざわついています。ほとんどの釣人がサヨリ釣ですから、期待が持てると確信しました。~当日は早朝より先ず、場所確保を行い試し釣りをしたところ、ママカリ(15cm)、サヨリが(30cm)30~40匹直ぐに釣れました。そうこうしている内に彼らが到着する時間になり、彼らがやってきました。全員の方が知的障害を持たれていて、ほとんどの方は、こちらの問いかけに反応してくれますが、無表情の方もいらっしゃいます。~さっそく、ママカリサビキをセット、ドンブリカゴにアミを入れて、ウキを付けて釣ります。先日までサヨリしか釣れていなかったのでどうかと思いましたが後は運任せ、第一投から、トリプルでママカリゲット!喜ぶ姿が印象的でしたよ。それから、3時間退屈することなくどんどん釣れます。コノシロの25センチクラスを一度に4匹もかけてゴリ巻き(そんなにゴリ巻きしたらさかなが逃げると言っても無理彼らは必死なのだ!)、嬉しくてしょうがなかったと思います。我々は五体満足ですから、親に感謝しなければとつくづく思いました。~みなさんの喜ぶ顔を拝見して、今後、機会があれば、このような社会福祉事業のお手伝をする大切さがつくづく分りました。長い人生のちょっとした時間を彼らに与えることでチョイ悪おやじの心も少し洗われた気がします。~

ママカリ旬の料理ママカリの旬(秋から冬にかけて脂が乗ってうまい)南蛮漬け(素焼き)1.ウロコと内臓を取り除きます。お好みで頭をとってもOK~2.水気を取って、炭火でこんがり焼きます。~3.ニンジン、ピーマン、タマネギなどの野菜を交互に入れます。鷹のツメも入れましょう。~4.焼いたはしから熱い南蛮酢に漬けこみます。(調味酢)お好みによって調整しましょう。~南蛮漬け(揚げ油で素揚げ)1.ウロコと頭を落とし、内臓を取り除きます。お腹は斜めに切り取っておく。(子骨が多い)頭は好みによって落とさなくても結構です。~2.水気を取り除く~3.160~180度に熱した揚げ油で5分程度揚げる。~4.一度揚げて冷ましたものをもう一度揚げます。(5分程度)~5.揚げて油を落とし、漬け汁(酢、砂糖、醤油、カツオ・昆布出し、酒、ミリン)を一度沸騰させます。~6.タッパーに魚を並べ野菜(ニンジン、ピーマン、タマネギ薄くスライス)を魚と交互に並べ、鷹のツメを適量入れ、熱い南蛮酢をかけます。1日冷蔵庫で漬け込みます。~南蛮漬け(ころも揚げ)~1.素揚げと同じ要領で行う。小麦粉は多く着けない。カリッ!と揚げる為に2度揚げをします。熱いうちに漬け汁に入れます。ジュッ!と音がするぐらいがグー!です。~酢締め1.ウロコを取り除き、頭を落とします。お腹を切り取って、内臓を取り除く。~2.2枚,3枚におろし、中骨もすいて取り除く、~3.全体に塩を降って(30分程度)身をしめます。~4.一度、水で洗い流し、水分をとって、甘酢に漬けます。酢につけた後で皮を剥ぐと剥ぎやすい。(皮を剥いでこの状態でショウガ醤油で食べてもグー!)皮は剥がなくてOK~5.お好みで2杯酢や甘酢に再度漬け込む。鷹のツメ、昆布なども~ママカリの素揚げ南蛮です。 

ママカリは鮮度が大切ですから、釣れた端からクーラーの中でギンギンに冷えた海水で締めましょう。

2006年06月02日

団塊チョイ悪おやじの釣行記

~生前の母と一緒にフィッシング(想いでポロポロ)泣き~私が30才後半のころにおふくろを連れて釣に行った。おふくろは、若いときに苦労を重ねたこともあって、晩年はいろいろな病気に苦しんでいたが、おいらが子供の頃の記憶では、おふくろは自然が好きだった。自宅の周りにはいつも、季節の変化を知らせるがごとく「せり、ぜんまい、わらび、つくし、ふき、三つ葉、みようが、」など豊富に獲れた。おふくろは自然界の食べられる植物を良く知っていたし、良く教えてくれた。夕食の食卓に常に出ていた。そして1年に一度、夏休みに海のキャンプは楽しかった。元気だったおふくろも、足腰が弱り、なかなか外に出る機会が少なくなっていく。ある日、おふくろを連れて下関の南風泊港に魚釣りに行くことになった。安全なところしか連れていってやれないので岸壁からのウキ釣りをさせたところ、アミの撒餌に手のひら大のクロが乱舞しだした。曇り時々雨模様の天気で魚の活性も高まったのだろう。撒餌に下からクロが沸きあがってくる。おふくろは痛い身体を我慢して、その細腕で一生懸命「ワァ-ワァ-騒ぎ喜んでいる」これを見ておいらは嬉しかった、胸から何かこみ上げてきた。そんなおふくろも十数年前この世を去った…「土のかおりを…」病院で息を引き取ったおふくろ「チョイ悪おやじの涙」病気でなかなか外に出る機会が少なくなる中、たまには外の空気を、自然をという気持ちから2回ほど釣りに連れていった。それから数年後、持病(高血圧、脚気、糖尿、)が悪化して入院をする。小倉の病院から八幡の老人病院に移る。永い病院暮らしで自然に触れる機会がなくなり寂しそうだったおふくろ…自然が好きだった母親に自然の山芋(自然薯)を食べさせたくて、友人に無理を言って掘ってきてもらい、これを下ろし器で擦ってポン酢醤油で食べさせました。おふくろは本当に喜んでくれました。「土の香りがする山芋」おふくろの葬儀の挨拶では幼い頃の思い出が頭を過り、硬いソラ豆を細かく噛んだものを兄弟が奪い合うように貰った記憶、今想えば正に幼い小鳥が母鳥から餌を貰う光景そのものです。両親が元気なときにもっともっと、旅行や温泉などにも連れて行ってあげてたらと想っても遅い、みなさんも、ご両親に感謝を伝えるのなら元気な時にしてあげて下さい。それから、最後まで両親の介護をしてくれた姉夫婦に感謝しています。おいらも、みなさんに支えられて生きているのだ。「感謝感謝」

2006年05月29日

黄昏チョイ悪おやじの釣行記

紛れもない疫病神が横にいた。それでも一緒に釣に行く、これは一体何なんだ!人間は複雑じゃ?ことの始まりは、なぜか二人で釣に行った時に限って「とんびにアブラゲ」をさらわれた気持ち、若しくは、せっかく撒いた種をカラスに獲られた心境だ。一人で釣りに行くつもりだったが、渡船を利用して近場の瀬に上がるということもあって部下を誘い釣行する事となった。自分では、部下より絶対うまいと思っているし,釣の経験も長いので負けるわけが無いと思っている。一生懸命撒餌を撒いても、コッパクロしか釣れない。撒餌を撒いた釣り場を離れちょっとした隙に部下がその場所に仕掛を入れる。何か嫌な予感がすると、思うと同時に竿が曲がっているかなり大物のようだ。仕方なく玉アミで掬ってやる。「このようなときは半分ふてくされるのだ」掬ったチヌを無造作に岩場に下ろす。心ではくやしい~!でも,顔は引きつりながら笑顔だ!それから、その場所は俺の場所だ!と言ったかどうか分らないが、どうも行動で威圧していたようだ。撒いても撒いても釣れず。これは交通事故だと自分に言い聞かせ、後ろ髪を引かれる想いで釣り場を後に渡船に乗りこみ帰港しました。それから1年後、この部下と又釣行することになりました。このときも一人では渡船から乗り降りが難しい場所だったので一緒に行くことになりました。すっかり過去のあの「いまいましい出来事」を忘れ「るんるん気分」です。撒餌を一生懸命撒いても、何にも釣れない。「あっちこっちと」部下は釣れないからうろうろしている。そんなにうろうろ場所を変えても釣れるわけ無いジャンと心で呟く、そうこうしている内に3時間近く費やし、何も釣れない、ついに痺れを切らしちょっと横に移動する。そうすると部下がおいらの釣っていた場所で仕掛けを入れ始め、数投めにものすごい穂先が海中に刺さらんばかりの締めこみ、必死に絶えている。「あっ、1年前の想い出が頭をよぎる」逃げろ何て思ったか思わなかったか分らないが、おいらも錯乱状態(心が)表情はいたって冷静さを保っている。がまんだ!いよいよ魚が見えてきた。すごい!デカイ玉アミでまたしても掬う羽目になった。この後はもう語りません。チヌ52センチありました。私と言えばボーズに近く、最後に保険で持っていったエギでアオリイカをゲットする。せめてもの救いか…これが無かったらこの部下は死んでいる。釣りはベテランが絶対釣れるとは限りません。もう2度とこの部下と釣りには行かないと誓った黄昏チョイ悪釣り師のぼやきでした。~この人が指名手配の横取り団塊ジュニアです。

この笑顔を見る度に悪夢に悩まされます。私のテリトリーで釣ったのだから半身ぐらい頂けるのかと思ってみたが、むなしさだけが…トホホホ…ここは小倉沖にある片島です。チヌ、クロ、アオリ、バリなど以外に大物があたってきます。西流れのときに良く釣れるようです。それにしても、この笑顔、見たくないけど見てしまう。「逃げろ逃げろ、針が外れろ、糸が切れろ、玉アミが流されろ、海に落ちろ、サメに食われろ」、非難されても素直になれない黄昏チョイ悪釣師のボヤキだ!このアオリイカは最後の最後にゲット! 

この笑顔「いいねいいね」でも、これは一瞬です。やっぱり悔しいぃぃぃ!おいらは交通事故ではないぞ、狙ってゲットしたアオリだ!このイカは特別美味しかった。なんせ、初めてのアオリイカだ!今までアオリイカ釣りの為に5万円程度投資をするも、いつもボーズだった。市場でアオリイカを何度買ったことか…嬉しいにきまっとる。でも、またいつかこの部下と一緒に釣に行くと思う。なんせ、記憶力が衰えてきたからな、釣られて思い出すのだ!

2006年05月19日

コークス置き場の山から、命からがら生還!恐

立ち入り禁止の敷地内で「コンポライアンス」を破り、魚が釣れる誘惑に己が負ける自分が情けない!反省しているが止められなかった。中毒じゃもう数十年前の話です。ここは、外国船が接岸する岸壁だ。船積みされるのは、コークスです。あたり一面真っ黒だ!靴から着ているものも、真っ黒になるからボロボロの服を着ていくのだ。この釣場は、イシダイ・スズキ・メバル・タチウオ・アオリイカ・クロ・アナゴなど等、それは水族館を思わせる釣場です。(最近はソーラスの関係で警備も厳重だ)ここは、立ち入り禁止なのだ。では、どうやってここで釣るかというと、守衛さんが巡回する時間を覚えておいて守衛さんが、通り過ぎた後に入るのだ。次の巡回が午前0時、もちろん、見つかるとまずい所だ。守衛も鬼瓦みたいな顔をしているぞ!今まで見つかって何人もの釣り人が…血祭りじゃ…当然夜釣りだが、周りは電気が明々と点いている為夜中も明るい。この明かりに魚が集まるのだ。午前0時の守衛の巡回時間が近づいてきたので、そろそろ隠れなくてはと思い、近くのコークス山に隠れていると、コークスの山の上が急に明るくなると同じに、大きなブルトゥーザーが唸りを上げて大きなツメでコークスの山を掬いだしたではないか、慌ててこの場から逃げ出そうとするも、コークスの山が崩れ落ちてきて、思うように這い出せない、それでも真っ黒になりながら命からがら這い出して逃げて帰った。それでも懲りないおいらは、ある時、とうとう守衛に見つかり、正門から追い出される。このときのエピソードは、今、思い出しても、あぁ!~??ここには書けない秘密の事情があるのだ。バラせばバラされるから、お互い沈黙を守って生きていくニダ。

おまけすごい光景を見たぞ!おらが神戸に住んでいたころ、須磨の海岸で釣りをしていた時のこと、沖にビニールボートで釣をしていた若いあんちゃんがいました。この海域は潮流が早くあんな小さなビニールボートでよく釣をするなと思った矢先、ボートはどんどん流されて行くではないか、必死に漕いでいるように見えるが風と潮流であっという間に流され、最後は米粒ぐらいにしか見えなかったが、何処までいったか分らない、今、あのときの若者も、じいちゃんになっていることだろう。後で考えると、大阪湾ぐらいまで行ったのでは?Smiley

2006年05月17日

逃した魚大きい。岸壁のじいちゃん涙(悔し)

5月頃のことです。チヌが釣れるとの情報を聞きつけ、一人で若松運河に釣行した時の諦めきれない(泣悔しいお話だ)

釣具屋さんで餌を仕入れ、ものの3分で釣場到着だ、そう、ここは若松運河通称青橋の下付近だ。はやる心を抑え、周りを見渡すと誰もいない、内心・・・シメシメ 何故かって?魚を独り占めに出来る?こんな気持ちになれるから一人での釣行が大好きだ。「欲の塊だ団塊だ」


撒き餌をコネコネしてポイントに入れ、30分も経っただろうか、コルク円錐3Bに早くもあたり、先ずはメイタ25cmゲット、何か大物の予感…考えてみればどうせおいらには玉アミを使うような大物はこないと自分で勝手に思っていたから網は持ってこなかった。しかし、ドラマは突然訪れた。ウキが水面から消え、ヨッシャー!の合図で合わせを入れるとズ~ンと重い衝撃が竿にかかる。さあ~これから右や左や沖に向けグングン突っ込む、近くで見ていたおっさんも私を見ている。見られるとチョット恥ずかしい。何処から見てもへッピリ腰だ!腕力の無い私は必至で竿尻をお腹に当て魚の引きに耐えている。その内ウキが見え出し、魚も弱ってきたのか、観念した模様だ。この間、玉網が無い事が何度も頭を駆け巡り、どうして取り込もうかと考えていた。口の中に指を入れると噛まれて痛い思いをする。なだらかな捨石だから竿を立てたまま降りていき素手で取上げるなどいろいろと考えている間に、50㎝近いチヌは、水面より頭を出しおとなしくなっていた。最後のフニッシュはより慎重にと竿を垂直立てた時、不孝は訪れた。な、なんと!リールがついている元竿から2番目部分がスト~ンと落ちてきたではないか…糸が緩んだ瞬間に運悪く捨石の間に穴があいていてその中にチヌが潜っていったのだ。まだハリスは切れておらず生命反応はありますが、引っ張っても絶対に出てこない。どうしても捕れないため諦めた。まだ満潮から下げに入ったばかりでチヌの逃げ込んだ穴は水没状態だ。ああ仕方ないかとあきらめて帰宅するが…でも、諦めたかに見えた私は、午後の干潮を狙ってその場所に行ってしまいました。そして、大きく潮が引き、例の捨石の間も完全に干潮で中の空洞が丸見えなのですが、何処を探してもチヌは居なかった。(居るわけねーだろ)20年前にチヌを釣って以来だったから、悔しさがこみ上げてきた。玉アミなめたらあきまへん。この悔しさは1週間忘れる事が出来なかった。悔しさ(泣)怒りの三連発だ!団塊の世代はしつこいぞ!

2006年05月11日

ウンが悪いことにウンコが波と、ともに襲いかかる

釣り人ならウンコに纏わる思い出が無いとは言わせないよ。~3年ほど前のことです。友人とある磯場に釣りに行った時のウンコ事件のお話です。これは、恥ずかしいので、あまり話したくないのですが、美奈さんが食事中にぜひ聞かせて欲しいと言うから、張り切ってお伝えしたい。~この日は、朝から気分が悪い、なぜかと言うと、4日間便秘に悩まされ、前日に「ピンクの小粒」を3錠飲みました。確か大人一回一錠と書いていたが、思いっきり出して?、向こう見ず、身勝手な自分!翌朝、本来なら、朝から「グルグル」とお腹が鳴り出すが、今日は朝から音沙汰がない。ズボンもきつくなった。それよりも、妊娠6ヵ月の(昔女房のお腹を見た記憶)このお腹はチョットへんだ。~でも釣に行く約束をしている以上、よほどのことがない限り断れないのだ。5時の渡船である磯に渡る。2時間ぐらいからお腹がグルグル鳴り出し大運動会だ。早速、人目のつかない裏側に行こうとすると、もうそこまでお迎えが来ているではないか、途中で漏らしたら大変だと思いながら、「慌てる焦る」~丁度、平らな場所があって、岩陰で誰にも見えないし、少々大きな音を出してもだいじょうVだ!~とにかく慌てて、ズボンを脱ごうとするも、防寒のサロペットだ。上に雨着を着ているからなかなか直ぐに脱げない。何とかギりギリ間に合うも、本当にギリギリだ!漏らした記憶は小学校のときだけだ。そばに置いていたティッシュが風で飛んでいってしまった。(汗)~もう時間が無い、秒読み開始だ。既に何は発射準備完了だ、引っ込みもつかない状態だ!でも安心、もう1個ポケットに入っていたのだと…発射「すごい!」と、思った瞬間、大波が這い上がってきておいらをひっくり返したのだ!そのおかげでウンチも、お尻も洗ってくれたのだが、そして何もかも頭からウンコの海水を被ってしまったのだ。3月の海水は冷たかった。何よりも水洗になったのだが、身体全体からウンコ臭がして神妙になっていた。何しろ4日間の○○だったからな…それと、このウンコが潮に乗って釣り人の所に流れ着くと恥ずかしい気持ちになり、棒で粉砕しょうとも考えましたが、糞尿ララバイにはならず。その度、波でいったり来り、「1歩進んで2歩下がる」私は、心配りの出来る愛に生きる釣師ニダ。

2006年04月21日

名古屋で一回り大きくなった、暗い過去

釣行を止めて初めての競馬場へレッッゴー名古屋での出来事パートⅠ

海が時化て釣りが中止になり、暇を持て余し、朝から近所の喫茶店で暇つぶしをしていたら、店のおやじが競馬の話を切りだし、いかにも儲かる事ばかり、よし!と言う気持ちでおいらは電車に乗って岐阜県一宮にある笠松競馬場へ行ったとです。笠松といえばあのオグリが走っていた?電車を降りてテクテク競馬場へ向って歩いていると、何か人だかりが出来ていてなどやけに景気の良い声が聞こえてくる。 、「よし、取ったー!」なんだろうと覗くと3個のコップがあってサイコロが何処に入っているかを当てれば貰える仕組み、小遣いは1万円 ヨシ!これをもっと増やそうなんて、よからぬ考えを・・・おやじ右端、おやじ真ん中!最後の千円まで毟り取られ、いかさまおっさんより電車賃を貰ってトボトボ電車で帰る。考えてみると、おっさんの周りには10人ぐらいの人だかり、後で聞くとみんな 「ぐるだ!さくらだ!らくだ」はいなかった?名古屋での出来事パートⅡ(怒り)今池の近くで声かけられる。兄ちゃん実はワイ困っとるんや、実は会社が倒産して給料もでぇへんから会社の商品(背広)売っとるんやと、大阪弁丸だし、わしも負けじに、そんな買う金あらへんけどいったいいくらするんや2万円のところ3千円でええわ、え!3千円でいいの(丁度背広欲しかった)じゃ、買った!心うきうき♪♪、純真なおいらは安い買い物をしたとそれは喜んだ。持って帰って袖を通すと左右長さが違う、ズボンはステテコサイズだ!

家内からぼろくそに言われ、その夜は頭も心も下半身もションボリ… 善人をだましてからに、もう!信用しないぞ。

2006年04月13日

海面にボコボコと泡が?1歩間違えば命取り(恐)

若松の海岸で釣りをしていた時のことだ。テトラの先で海面に泡が出ているではないか,少しずつ移動をしている。おいらは、なぜか、ひょっとして大きな亀が泳いでいると思い、持っていたボラ針に錘をつけてシヤクリ始めたのだ。簡単に引っかかると思っていたが、これが中々、掛からない、そうこうしていると、目の前の海面が盛り上がったかと思ったら、黒い塊が海面から出てきたではないか、ウワ~!という声を出したかは覚えていないが確かに驚いたと同時に、(冷や汗)ひょっとしておいらが、シャクッタ、ボラ針が何処かに掛かって(怒り)浮上してきたと、そのときは思っていた。テトラから出てきたおやじは、ボンベを置いて、おもむろにウェットスーツを脱ぎ始めると、肩に紋紋があって、精悍な顔つきでおいらに近づいてきた。おいらはいつもの貝になって、ボラ掛けの針の付いた竿はタタンで隠した。こういう時は、素早いのだ。そのおやじが、あんちゃんこの沖にヒラメが「うじゃうじゃ」おるで~だって、針が掛かっていたらと思うと、またまた冷や汗がたらりんこ


見えない眼下の生物に反応したことに反省している。良く考えたら、もし、仮に亀だったとしても釣り上げて、どうするかも考えていなかったおいらは、本当に「おっちょこちょい」だ!本能で生きている狩猟民族だ!もし、針が掛かっていたら何度もポンピングしてやり取りも壮絶を極めたと思う、それよりも、その後の方がもっと壮絶かも…みなさんも泡には気をつけよう。マリンちゃんの泡なら歓迎だ!それと泡おどり?泡風呂?等など…今日も疲れた~!団塊釣おじさん。

2006年04月08日

団塊のおじさんは、狩猟民族!

団塊のおじさんは、狩猟民族!

(タンパク質とカルシュームを求めて狩をする)おいらの小さい頃のおやつと言えば、「ふかし芋、おにぎり、うどんに醤油ぶっかけ」等があれば良いほうだ。弟と、バナナを半分に切って、どっちが大きい、小さいと兄弟喧嘩していたぞ、しかも、そのバナナは半分腐れていたような気がする。バナナの皮も食べられると思ってかじった事もあった。こんな時代だ!これでは食べ盛りのおいらは満足しない。何が足りないかと言うと動物性たんぱく質だ!子供だから、タンパク質やカルシュームなんてわかるわけがない。しかし、子供ながらに本能的に体が動物性タンパク質を求めたのかもしれない。そうだ!これは正に本能のままに行動したドキュメンタリーだ!おかげでカルシュームは、豊富に摂取したから、虫歯なし!食べられそうな動物、昆虫、魚介類何でも食す。徒歩しかないので行動範囲が限られる為、漁獲量も少ない幼年期…本能のあるがままに淡水のハゼ、藻エビ、ドジョウ、フナ、コイ、ザルガ二、シジミ、淡水カラスガイ、タニシ、モッチン、雷魚、ハヤ、タナゴ、ドンコ、ナマズ、サワガ二、モズクガ二、このような生き物は釣り上げると言うより、網や籠で獲る方法が主流だった。(バッタ、蜂の幼虫、)等などは貴重なタンパク源と言うより、好奇心から食べて見たけど美味しくなかったという記憶しかない。少し大きくなると行動範囲も広くなり、自転車で海に出る。この頃から道具も進化して獲物も大きくなる。青年期…思春期を忘れ釣り三昧、勉強忘れひたすら獲物の料理!♪おさななじみの○○ちゃん。今も忘れてないよ。ボラ、イイダコ、ハゼ、ウナギ、カレイ、アイナメ、タナゴ、ヒイラギ、イシガ二、渡りガ二、ギンポ、クサフグ、ベラ、大人になると更に行動範囲が広くなって釣る魚も高級魚に移行してくる。健全な精神と肉体を持った大人は途中まで、少しグレてやったぞ。淡水… アユ、ワカサギ、ヤマメ海…クロ、チヌ、コイチ、カレイ、スズキ、ヒラメ、バリ、マダイ、アナゴ、メバル、アジ、アラカブ、イカ等などそしておじいちゃんは過去に戻り、ハゼやイイダコなど動きの鈍い魚貝類を求めるのである。大人の時代に紆余屈折、艱難辛苦を経験したから、もういいだろう!開放してくれ!「釣は鮒に始まって、鮒に終わる」と、よく言ったものだ。人生も一巡すると、本能的に癒しの釣りを求めるのかも、ハゼ釣りが子供から大人まで楽しめる要因はそこにあるような気がする。おいらがハゼ釣りやイイダコ釣りに嵌るのも、そろそろ、人生が一巡するから微妙に納得だ。

2006年03月30日

団塊の釣師集合!現代から過去にtime slip釣りのおもしろネタを語ろう。

彼女の誕生日を忘れた日から後悔と懺悔の日々!どうすりやいぃんだ (泣き)

「神様私に勇気を下さい!」年齢がおいらを躊躇させる。しかし、勇気を振り絞って、「今日は誕生日だよね」なん~て…これが始まりだ。心に秘めた情熱は7年間一度も絶やすことがなかったし、彼女の誕生日を忘れることが無かった。でも、おいらが大きな過ちをした。今まで誕生日に真紅の真っ赤なバラを○○本7年間送り続け、4度の紛争をそれとなく交わしてきたが、今度だけは、解決の糸口が見えない。どうすりゃいぃんだ。「惚れて通えば千里も一里」だったのだが…ちょうど月初めに誕生日が来る彼女のことを1ヶ月前いや、一年も前から思い続けていたおいらだがなぜか誕生日の数日前より記憶が「プッツン」となり、いつものように携帯メールで今度、紅葉でも見に行こうかなんて、ルンルン気分♪でメール送信、夜10時過ぎても頭には彼女の誕生日のことは全く無い、それよりも魚釣りのことばかり考えていたら、突然のメール…今日は誰の誕生日!誕生日を忘れるなんて最低!愛してないんだ!明日は友達と一日中遊んできます!私の怒りがおさまったら逢いましょう…それまでメールも電話もしないで!××天国から地獄に落とされた感じだ。その夜おいらは一番中寝られなかったぞ、団塊の釣師諸君!釣ばかり考えていると、記憶喪失になり熟年離婚だ!結局今度の紛争は収まらず、破局を迎えた。あぁ~泣き

2006年03月20日

うそはいけないよ(恥じ)

おいらがまだ二十歳の頃、上司の家に泊まりに行って食事を作るなどして家族的な付き合いをしていた上司がいますた。おいらは信頼をされていたと思う。


上司 :おい!明日釣でもいかないか?
おいら:明日、家の用事で親父の手伝いをしなといけないのでダメですよ。

このときおいらは、既に友達と釣りに行く約束をしていたのだ、釣りに行く場所も以前この上司が教えてくれた藻魚がよく釣れる吉母海岸だ。

吉母の山を越えやっとたどり着き、竿を出していると誰か山を下ってくるではないか、まさか…いやな予感、上司ではないことを祈りつつも不安で生汗(汗汗)突然お~い、おまえ達、なにやってんだ!!カミナリが落っこちた事は言うまでも無い・・・
なぜか涙が出てきて泣いた…ウソを付いた事への自分に対する悔し涙だ。
この上司がおる限り、当然おいらの出世は無し、しかし、もうずいぶん前に他界した古きよき時代の上司さんありがとう!

2006年03月16日

初釣りで○○族に立ち向かわなかったおいら、情けねー!(怒、笑、恐)

今の会社にお世話になった頃だから、もう、遠い昔の記憶だ。裏門司の太刀の浦岸壁埋立地に元旦の早朝よりカレイ釣りに行ったときのことだ。

3本の投げ竿を遠近に分け投げてあたりを待っていると突然、バリバリとけたたましい爆音…そう暴走族です。え!2台二人だけ、おいらも若いが相手はもっと若い、ちょっと優位に立ったぞ、

暴走族は初日の出を見にきたのだ。山に行けば良いのにと内心思ったりもしたが、現実目の前でバリバリ、釣りどころではない。とうとう頭にきておい!にいちゃん元旦からやかましいやろ、よそでやっとくれ!(怒り)

すぐに消えて何処かにいったのでやれやれ一安心、初釣りは静かに、孤独になり海と語らうとき癒されるなんて思っていると、今度は、バリバリ何十台と言うバイクに改造車など‥終結だ、おいらはボコボコにされるなと覚悟を決めていると、リーダー格の強面のあんちゃんが、おっさん釣れるかと言って近寄ってきた。いよいよだ~と恐怖に死後硬直していると、俺にリールを巻かせてくれだって、恐る恐る差し出すと、にわかに巻き始めた仕掛けがだんだん上がってくる。なにやら仕掛けの先に付いている。イイダコだそれを見て回りの連中が大笑いリーダー格のあんちゃんは、スキンヘッドだった。もちろんおいらは生き返ったぞ!

でもね、釣り場では色々な人がいるから、うっかり注意しようものなら、海に放り込まれるかも…殺伐とした時代だからね、お互い気をつけよう。見てみぬふり?しかし、本当に困っている時とか犯罪の匂いがするときは110番!海難事故なら118番

2006年03月16日

方向音痴もここまでやるか(恥じ)イイダコのタタリじゃ!

高校1年の夏、学校をサボって電車に乗って門司港に住んでいる友達と関門海峡でイイダコ釣りをして夕方7時ごろに門司港から汽車で戸畑の家に帰る時のお話です。イイダコをカバンに入れ、おいらは門司港発~戸畑行きの汽車に乗りました。昭和39年の出来事です。駅を出発して進行方向に向って右側に座りました。海峡側です。おいらは、乗り物酔いがひどく修学旅行も行かなかったぐらいだ。だから乗り物に乗るときは必ず進行方向に向かって左と決めているがこの日は左側の席は満席で仕方なく右側に座る。小倉を過ぎてうとうとと、寝込んでいると耳元で終点の呼びかけに我に返り、あわてて戸畑駅の改札口から出ると始めてみる風景に、(始めて見る駅の裏口から出たのだ)内心不安に駈られながら、しばらく歩くと洞海湾の渡し場に着きました。その時、何を勘違いしたのか若松駅に着いたと錯覚してしまい、船に乗って戸畑に帰らなくては思い、あわてて市営渡船に乗って着いた所が若松に、頭では戸畑に着いたと信じていたのでトボトボト歩くといつもの戸畑の風景と違う、駅裏から降りたからと納得して暗い夜道を歩くと山(高塔山)に突き当たり、ここで初めて冷静になり、よ~く考えようじゃないけど、戸畑駅の近くには山はなかったことを思い出す。結局、もう一度、渡船に乗って戸畑の渡し場に着いてバスで帰った次第です。

家に帰り着くと既に23時近くになっていて、家族は心配していなかった。なぜかと言うと、どうせおいらは色が黒いから石炭場で生まれたからと、よくおふくろが言っていた。いつぞや本当かと思って家出したぞ、また、小学生の5年生の時、学級のクロンボ大会で2位になったぞ、今までの人生でこの2位が最高の獲得した賞だ!死ぬまで忘れん。多分1位はアフリカのピグミーかマサイさん?電車に乗る時は、いつもの場所(左側)に乗らないと方向音痴というキツネにだまされるのだ!

2006年03月09日

団塊釣師の○秘ネタ(泣、笑、怒、恥、悔、嬉、恐)

四度目の災難、せっかちとおっちょこちょいは治らない(恥じ)4度目の悪夢が訪れるとは、(日曜日)門司港の4号岸壁~に夜釣りに釣行しました。この日は、西流れが0時(大潮で満潮21:20)関門の投釣りには?こんな感じて゛会社を後に急ぎ足で現場に急行、途中本虫、コウジを購入するため、行きつけのお店に行き、本虫ちょうだい売り切れたよ、じゃ、コウジちょうだい、今入荷がないんょ え、! おいらどうすればトホホ・・・するとおやじが、かき集めれば100gぐらいはあるとのこと、二つ返事でそれちょうだい。これに青ケブの大形をチョイスでも、いつもの可愛いお姉さん不在でがっかりだ! そんなこと考えないで早く行けともう一人のおいらがつぶやく、いざ出陣門司港に着くと4人グループの1組だけで誰も釣りをしていない。しめしめと内心独り占めの欲望が湧きあがる。はやる心を押さえつつ仕掛けを作るが、ベールに糸が掛かっていない、トップの移動ガイドに糸が通っていない(汗)やっぱり「せっかち」だ。心を落ち着かせる為に一曲♪、「しなる釣り竿、潮風受けて…♪」駄目だ-!手が震える! おっ!こんな時は一服だ。以前のメガネ踏み潰し事件の事をすっかり忘れ、仕掛け作りに夢中になり、近くがボケて見える乱視のおいらは、メガネを足下に置き、針にハリスを巻き、何気なく足を移動した時、グシャ!と鈍い音とガラスが転がる音に我に返る。やった!やってしまった。このことで視力0.3のおいらは、ケミホタルがソフトボール大に見え、頭クラクラ、気分も悪くなったが、持ち前の釣に対する執着心でコイチ30㎝~35cm8匹(2本バラシ)エイ1・海毛虫2・エイリアン(始めてみた生物)2の成果だった。夜中の3時に帰宅したのだが、外れたメガネを目に当てながら、199号線を汗びっしょりになりながらの帰宅で身も心も頭も、ピーマン状態だ。明日は親戚の誰かに黄泉の国に行ってもらって会社××なんて思っては見たが、団塊の世代は自分に甘くないのだ!実行はしていないよ。1回目のメガネ破損事件和布刈の一文字でチヌ釣りしていた時、針にハリスを結ぶために足元に置いためがねをグシヤッ!ここが悪夢の和布刈の一文字波止です。 

ここに渡るには、港から栄光丸が渡してくれます。港から、約3分程度の近距離です。年間を通してチヌ、メイタが釣れますし、潮が良ければ、クロの大型も望めるようですが、今まで釣れたことはありません。船長は、昔は35cmのクロが上がったこともあると言っていました。また、夜釣りも楽しめます。大型のチヌやコイチ、アナゴなど期待できます。関門の潮流は複雑で潮を確認して釣行することが釣果に繋がります。「東西の潮流」2回目若松運河でチヌ釣りをしていた時、ブーツでメガネを踏んだ瞬間のレンズが外れ、捨石の中へポチャン…このときは片目でメガネ屋さんに直行だ。ここが若松響の通称運河の青橋だ。橋桁に釣り人がいますが、この人は、渡船で渡ったみたい、団塊おじさんのホームグランドは○秘…この一体は一部私有地のため立ち入り禁止区域があるのでマナーを守って釣行して下さい。それから、メガネの片方を釣り上げた方は、連絡して下さい。確立はゼロに近いけど…3回目門司港4号岸壁で夜釣りをしていた時、餌を付けてさぁ~投げるぞとフルスイングの態勢に、ふと仕掛けの先を見ると岸壁の凸部分に置いていたメガネに針が掛かっているではないか、ヤバイと思うまもなく、関門海峡にポチャンだ!3ヶ月の間にメガネの修理や買い替えなど10万円を超えた。やっぱりおっちょこちょいのせっかちだ!それとも異常?ここが門司港4号岸壁付近です。私が、二度もメガネを破損させて場所です。8月~11月は夜釣りの投げでコイチ、チヌ等釣れますが、特にコイチは良く釣れます。また、カレイもボツボツですが上がっています。潮の流れを良く把握して釣行しましょう。おまけ コイチの刺身は鯛より旨かった!今度、コイチの蒲鉾造りに挑戦するので、出来たらお知らせします。

団塊釣師の○秘ネタ(泣、笑、怒、恥、悔、嬉、恐)

欲しかった竿を手に入れて釣りも釣ったり86匹!(嬉)


まだ、市場にグラスロットが少ない頃、当時の投げ竿は竹にガイドを糸で巻いて取り付けた物が主流だったり、六角竿と言う物があって、竹を張り合わせたものでした。

そんな時、近所の釣具屋で始めてグラスロッドの投げ竿を見ました。いまでもその感触を覚えているが、それは、軽くて反発力があって、なんて素晴らしいものがあるのかと子供心に思いました。さて、それからが大変で寝てもさめてもどうしても欲しい、欲しくて欲しくて仕方がない、ビンボーだから親は当然そんなものは買ってもらえないし、言う事さえ出来ない。

学校サボってアルバイトしかないと考え、道路工事のアルバイトに通うこととなる。今のように時給ではなく、Ⅰ日働いて700円時給にしたら100円程度だ、それでも1週間程度働き、もらったお金を持って釣具屋に一目散だ!この竿を手にしたときは天にも昇る幸せを感じた。

そして、その竿を持って田の浦にカレイ釣りに行って、大小(15cm~30cm)を86匹釣った。今も、まぶたを閉じれば当時の光景が想い描かれます。「古き良き時代だった」腱鞘炎の始まりはこの頃から?

2006年03月08日

団塊釣師の○秘ネタ(泣、笑、怒、恥、悔、嬉、恐)

乗った所と降りた所が違うぞ?(恥じ)きょうも一人占めだ!団塊おじさんの欲望がメラメラと燃え上がる。と言っても、燃え上がるほどの勢いは無くなっているけど…明日は、沖波止に船で渡り、アジにクロにチヌ狙い、釣に行く予定だ!前日は子供の頃の遠足に行く気分だ!万全の態勢で準備をして早めの就寝も,夜中に何度も起きて結局寝不足だ。いつもそうだが好きな釣のときは、気合でレッゴ-フィッシング♪朝自宅を3時に出発して運河の乗船場で待機、団塊おじさんは、時間にうるさく約束時間の30分前には待機する。公私共にいまだに守っているのだ。沖波止まで20分少々、釣り始めると時間の立つのも忘れ無我夢中だ!お昼を食べ迎えの時間まで1時間あまり、おっちょこちょいのおいらは、バッカンを洗い、ゴミを集め,釣場を洗って万全の態勢で帰える準備をして、クーラーの上で30分も待っていた。定刻通り船が迎えに来た。他のお客さんも集まり、乗船開始,チョット不安が横切る。船の船名が見えない、隣の兄ちゃんにコノ船○○でっか?うん!そうみたいと生半可の返事、これに乗り遅れたら大変だと思い一緒に乗りこむ。朝の顔ぶれとチョット違うみたいだけど…朝乗船した所(運河)に近くなったのでソロソロ降りる準備をと思ったが,誰も降りようとしない、それよりも船はそのまま洞海湾に入っていったのだ、恥ずかしくて声が出なかった。

着いた所が若松港だ。全員降りた後に船長に小声で実は船を間違えたことを告げる。取り急ぎ連絡をして頂き,料金も払った。これからが大変だ、クーラーやら手荷物いっぱいでタクシーを捜し,朝乗船した所に戻った次第じや。

ちゃんとおんぼろ愛車が待っていました。おんぼろ愛車が言ったか言わなかったかわからないが、おいおい、しっかりしろよと聞こえたような気がした。やっぱりおっちょこちょいだ!

2006年03月08日

団塊釣師の○秘ネタ(泣、笑、怒、恥、悔、嬉、恐)

気の弱いおいらを拉致したヤッは今何処!ザルガ二は見た(怒り)

中学1年の夏休み大好きなザルガ二釣りに遠征したときの思いで。昔はいたる所に野池がありました。この時はいつものテリトリーから外れ、歩いて30分ぐらいのところにある始めての池にザルガ二を釣りに行ったときの怒りのレポートです。餌はスルメで竿は竹を切った粗末なもの、ザルガ二が食いつけばゆっくり上げ網で下から掬う。たいした釣ではないがこれにハマってしまい夢中になって釣っておったら、おいらより明らかに年上のあんちゃんが、おい!釣れるか? あぁボチボチです。お前ちょっとこっちへこいと拉致される。連れていかれたところは、神社の境内見たいな廃墟後だ、このあんちゃんに手篭めにされるなんて思わなかったけど、このあんちゃんが言った、お前服を脱げと、ここで抵抗すると何をされるかわからないからしぶしぶ服を脱ぐ、おいらはチョットだけよ♪ の気分ではないが、みように落ち着いていたな(おいらの家は決して金持ちではなくどちらか言うとビンボーだ)きれいなシャツを着ているわけが無い!すると、あんちゃんがシャツを交換すると言うではないか、おいらのシャツも汗と泥で汚れていたが、このあんちゃんのシャツはもっと汚かった。無事シャツの交換式が終わり開放された。「北でなくて良かった。」むかしの古き良き時代と思えばなんでもないが…おいらは純潔が゜守れて良かった。そのあんちゃん、北斗のケンシローみたいに胸のボタンは止められず。はちきれんばかりになっていたぞ、おいらのシャツが小さいし、痩せていたからな、あの青春の1ページは何だったんだ!家に帰ると姉さんが、あんた汚いシャツ着てなんばしとるとね、おいらは貝になったことを今でも覚えている。夏休みの宿題も手付かずで姉さんにどつかれ、泣いてしまう。貝が口を開いたら、うえ~ん、シクシク、ぐすん、じゅるじゅる(鼻水)もっとリアルに表現したいが、これが限界だ。

2006年03月08日

団塊の釣師集合!現代から過去にtime slip

団塊釣師の○秘ネタ(泣、笑、怒、恥、悔、嬉、恐)面白いネタを出し合って楽しむコーナーです。団塊の世代に拘りませんから、多くの方の参加をお待ちしています。敗戦国の日本は戦後の疲弊した国土から歩き始めた。まさに敗戦国日本の復興は、先人が捲土重来の気概で心血を注いで働き、その精神は見事に団塊の世代へと引き継がれ、経済大国に移行した事は言うまでもありません。その団塊の世代も、2年後からその第一波が60歳を迎えます。団塊の世代と言われている世代(1947年~1949年生まれ)この3年間に誕生した人口は800万人とも言われておりますが、現実は、60歳になったからと言って、年金が貰えるわけではないし、定年制延長や雇用継続など団塊のおじさんが、ゆっくり出来るのはまだ先の話だ。「瞼を閉じれば、そこに故郷が見える」幼いころの思い出と、しっかり生きてきた半世紀の釣り人生をぶちまけて下さい。「しっかり働いて、しっかり遊ぶ」これでいいのだ!

なつかない孫が「おじいちゃ~ん」(嬉)釣りって人生の糧になるなかなか、孫二人が懐かない、玩具や美味しい物を買ってきた時だけ機嫌がいい、元来私は、子供と仲良くなれない、子供が嫌いなわけではない、子供の気持ちになって遊べないのである。そんな時、孫と家族で釣りに行くことになった。私は先ず、絶対釣れるところを選び、島根県の川にハヤ釣りに行くことにしました。孫の好きなエビフライや卵焼きのおかずで弁当を作り、明日に備えて準備万端だ。「釣れる釣れる」正に入れ食いじゃ、これが正解でそれまで、「じいちゃん」と呼んでくれなかった孫二人が「じいちゃん♪じいちゃん♪」と魚がつれるたびに擦り寄ってくるではないか、日頃、スキンシップが苦手な私にとっては信じられない明るい出来事であった。次はコアジ釣りにでもと思っている。玩具よりこちらの方がはるかに安価だ。そして人生の糧になると思っている。この子達が大きくなって釣りの趣味を持ち、心の引き出しから、幼い時の思い出「じいちゃん」を思い出してくれればと思うと…(泣き)その孫も喘息で幼い体で頑張っている。「じいちゃん」の体の一部で元気になるのならいつでもあげるけど、「じいちゃん」の体の細胞も高齢化社会だからな、そして複雑じゃ…幼い頃食べたゲテモノが蓄積しているからな。因みに団塊のじいちゃんは、小さい頃から家の手伝いをしていたぞ、炊事と言っても、まきでご飯を炊いていたし、洗濯はたらいに洗濯板で真冬の外で洗ってた。市場へ買い物に行っていたけど、同級生の女の子に見られると妙に恥ずかしかった記憶がある。料理も良く手伝った。それが、じいちゃんの財産になったから、お袋に感謝、感謝だ!かあちゃんありがとう。

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